2017/12/15, Fri.

 覚醒は正午ちょうどである。結構長く眠ってしまったなという感触があった。布団のなかでもぞもぞと動きながら気力が調うのを待ち、一五分になると起き上がって、ダウンジャケットを羽織ると便所に行く前に瞑想を始めた。息を長く吐いて二四分を座ると、上階に行く。(……)洗面所に入って顔を洗い、嗽をしてからフライパンの炒飯を温める。ほか、キャベツを細切りにしたサラダと即席のポタージュも用意して、卓に就いた。新聞からは「米事故機を沖縄県警調査 ヘリ事故 回収の窓は返却」、「憲法考3 国民投票「否決リスク」」、「蓮舫氏、立民入り検討 民新執行部の再建案に反発」の記事を読み、ほか、座間市の殺人事件関連の記事なども、あまりきちんとではないが目を通した。そうして食器を片付けると風呂を洗い、靴下を履いてからストーブのタンクを二つ持ち、外に出た。勝手口のほうに回って、石油を補充する。ポンプが燃料を汲み込んで行くのを、遠くの空や樹々のほうを見やって手を擦り合わせながら待つ。室内に戻るとタンクを元の場所に戻し、手を洗って石油臭さを落としてから下階に下りた。
 いつも通りコンピューターを立ち上げて、前日の日課の記録を付けたり、インターネット各所を覗いたりするわけだが、そのあとにこの日はすぐさま日記を書きはじめた。二〇分ほど記すと二時を越えたので一旦止めて、上階のベランダの洗濯物を取りこみに行った。曇っていた空に隙間がひらいて、やや淡いが確かに色を帯びた陽射しが通りはじめている。そんななかで勿体ないようではあるが干されたものを屋内に入れ、ひとまずタオルのみを畳んでおいてから早々と室に帰った。ふたたびキーボードに指を走らせ、前日の記事を仕上げてこの日の分も書くと、現在三時ちょうどである。
 身体をほぐしに入る。youtubetofubeatsの音楽を流して体操や柔軟運動を行い、この日は大変久しぶりに腕立て伏せもほんの少しだが行った。脚を左右に大きく広げて腰を落とした姿勢のまま、じっと静止して息を深く回すということに時間を取った。こうすると肉体が全体として大層柔らかくほぐれていく感じがするのだ。運動中、呼吸を深くすると左の胸が痛むことがあった。心臓神経症の名残りかとも思ったものの、位置がそれと違うようで、鎖骨の少々下のあたりである。肺にでも何か支障があるのだろうかと目星を付けたが、真相は知れない。それで三時四〇分まで時間を使い、歌をいくつか歌ってから上階に行った。
 (……)勤務から戻ってきた夜に食事を拵えるのも億劫なので、出かける前に何かしら作っておきたかったのだが、歌に遊んでもうその時間もなくなっていた。台所に入り、食器乾燥機に入ったものを戸棚に整理しておくと、ゆで卵を一つ腹に入れた。炊飯器には米がもうなくなっており、これはさすがに炊いておかないと面倒だろうというわけで、笊に米を用意し、釜を水受けにして研ぎはじめた。流水の冷たさに手が凍え、実に鈍く痛む。一度水を捨てると右手を宙に取り出し、芯まで襲う激烈さに耐えてから、ふたたび流水に晒した。帰りよりも随分と早いが、いつも通り六時半に炊けるように設定しておき、下階に戻る。歯を磨く。歯ブラシを動かしながら、僅か一〇分ではあるが本を読む。パク・ミンギュ/ヒョン・ジェフン、斎藤真理子訳『カステラ』を一四二頁から一四五頁まで、そうして口を濯ぎ、Oasisの曲を掛けながら服を着替えた。(……)"Wonderwall"を口ずさんで区切りが付くと上階に行き、靴下を長いものに取り替えて出発である。
 玄関を出ると手を擦り合わせながら階段を下り、ポストを覗いて来ていた夕刊や郵便を屋内に入れておく。そうして道を歩きだす。いつもながらの寒気であり、路程の初めは身体が震えるようでもあった。坂の入口に掛かると下の道の銀杏の樹が自ずと目に入る。枝を晒けた姿のその足もとに、落ちた葉だろうか黄色の地帯が丸く生まれて、樹を囲むようにそこだけ地面の色を変えていた。
 鼻から息をゆっくり出し入れしながら行く。裏路地の途中で、ランニング走者に追い抜かされる。先には警備員が立っており、例の空き地付近の工事が佳境に入っているのか、表へ迂回してくれるようにと走者を誘導していた。警備員の足もとには矢印を記した小さな誘導表示が置かれており、彼の身につけているベストが薄赤く発光している(明滅していたと思う)。こちらの先を歩調定かに行く男性が何も言わずに表示の横を通り抜けて行ったので、入って良いのだろうかと疑問に思って、警備員の前まで来たところで通っても大丈夫なんですかと、片手を前方に差し向けながら尋ねると、出来れば迂回していただきたいと腰の低い声音の返答があったので、わかりましたと快く笑みで受けて道を折れた。
 そうして表の通りを行く。行く手を見通すと、車のライトや信号灯、空間の奥へと連なる街灯の明かりの、無数と言うほどでないが何だかんだで沢山なもので視界が賑やかである。緑に黄色、赤に白と、信号が変わったり車が進んだり横道から折れてきたりするたびにそれらの色が交錯して、(流動的に? 液体的に? 川の表面の水の襞のように?)光の組織/秩序を変容させるそのさまを見ているだけで面白いようだった。人々は(しかし人々とは一体誰なのか?)、ここにこんなにも書き記すべきものがあるということに、何故気付かないのだろうなと思った。見えた色のなかでは信号の青緑が特に気に入られた(厚い印象を与えた/目に(むしろ脳に? 心に?)際立った)ようで、その色に清涼感のような意味素を感じて、何か匂ってくるようだとも思いながら過ぎたのだが、視覚(色)から嗅覚まで刺激が流れ及んで行くこの知覚は一種の共感覚の類なのだろうか。その場で分析したところでは、信号灯の色から何か西瓜やメロンとか、あるいはかき氷(正確にはむしろその上に乗ったシロップのほうだろう)のような夏の風物詩めいたものを連想し、そのイメージが鼻に香りの幻影をもたらしたというところだったように思われる。意味=イメージを仲立ちにした感覚の混線、というわけだろうが、共感覚と呼ばれている現象がこれに類する連想の産物なのかどうか、こちらには知れない。音(聴覚)に色を感じるという感覚は、こちらもある程度まではわからないでもないが(こちらの感覚では、例えばAメジャーのキーは夕焼けのような赤/朱の色を思わせることが多い)、音階の秩序にこのような意味=イメージ(ここでは夕焼け)が付与されるというのは一体いつの間にそうなったのか、そして何によるものなのか?
 そのようなことは余談である(しかしこの日記においては、余談/本題の区別は存在せず、言わばすべてが余談である。/ブログのタイトルは「余談」か「駄弁」でもう良いのではないか?)。表通りをそのまま進んでいると、途中で行商の八百屋のトラックが見える。(……)だなと思った。(……)というのはこちらの宅の周辺にもたまに巡回に来る人で(以前は結構良く来ていたのだが、最近はもうあまり買う人もなくなったようで、自宅の前で姿を見た覚えは長くない)、(……)。こちらが歩んで行くと、集まっていた客ら(大概高年らしく見えた)に対して(……)が、人が通るよと声を掛けてくれる。すみません、とこちらも人々に断りを入れながら踏み出し、(……)にどうもこんにちは、と挨拶をして、これから仕事で、とか少々交わして過ぎた。(……)最近は何だか、人の顔というものを良く見るようになった気がする(と言うか、自ずと良く、鮮明に見えるようになったのだろうか。すなわち、これも世界の肌理が細かくなったことの一環ではないか)。駅前に至ると、尿意が溜まっていたので前日にも入った公衆便所にまた入った。放尿する。隣に来た男性(よく見なかったが、中年以上で、あまり身なりの確かとは言えないような雰囲気だった)が尿を放っているこちらの股間のほうにちらちらと視線を送ってきていたような気がする(気のせいかもしれないが)。出て、ハンカチで手を拭くと職場に向かった。
 上に記した人の顔の見え方もその一つなのだが、労働中の感覚だったり(と言うか全般的に、人間関係、他人とコミュニケーションを取る時の感覚)、自意識のあり方だったり、あるいは時間の感覚であったり、こちらの精神/心理/認識/知覚/感覚、要するに自己自身を含めた世界の見え方/感じられ方が微妙に、しかし明らかに変わったように思われる。自己の生成を、その変容をそんなに微細に感知することができるのか? 疑わしいようでもあるが、しかし実際、体感としては確かなものがあるのだ(確実に思われるのは、これがカフェインを摂らなくなり、瞑想をヨガ式(深呼吸式)に変えて以来の変化だということである)。この点は、感情やら道徳観やら観念の認識やら、諸々の文脈に関わって/繋がってくるのだろうが、これが一体何なのか、それらを総合した一つの考察/分析はまだ自分のなかでまとまっていない。実に微妙なので掴みようがないのだ(しかし大まかには多分、分節の能力が向上し、自分の認識/頭の働きのなかで、言語/論理=ロゴス的領域(?)がさらに優勢になってきたということだろうか。/しかし、「理性」が強くなったとは感じない(「理性」とは一体何なのか、知る由もないが))。
 帰路以降のことは、背中が疲れたので明日のこちらに任せることにする(現在は、一二月一六日の午前二時四七分である)。
 勤務後はこの日も寒いから、本当は電車に乗って早々と帰りたかったのだが、電車の時間に間に合わなかった。しかしいざ夜道を歩いてみると、そこまでの冷気でもないと言うか、身体が震えるほどではなかったように覚えている。辻で左に折れて表に出た。道中、自販機を見やるが、特に買いたくなるものもない。あまり印象のない帰路で、空が曇っていたか晴れていたかも記憶が定かでない。
 帰宅して居間に入る(……)。ストーブを灯してちょっと温まると室で着替えて、この日は足をほぐすことはせずに、先に早めに食事を済ませてしまうことにした。(……)カップ麺の類でも別に構いはしないが、しかしそれではやはり味気ないと、簡便なところで玉ねぎと豚肉を炒めることにした。野菜を切り分けて肉も細かくすると、フライパンに油を熱し、チューブのニンニクをちょっと炒ったあとから投入する。しばらく炒めてから醤油を垂らして、絡めながらまた少々熱し、茶色く染まって出来上がったものを丼に盛った米の上に乗せた。ほかに温かい汁物が何か欲しかったところ、即席のポタージュがあったのでそれを用意して食事を取る。
 食後は多分すぐに入浴したのではないか。(……)
 室に戻ると零時前だったようで、(……)を読んでいる。それからインターネットに遊び、瞑想をしてやや英気を養うと、一時半から日記を書きはじめている。この日の記事を一時間強綴って、その後はまた長々と遊んで過ごした。五時直前に明かりを落とし、瞑想もせずに布団に潜り込む。寝床で呼吸を深くして腹を膨らませたりへこませたりする。夜更かしのために心身の感覚が少々不安定になっていたようだ。深呼吸のために意識が溶けかかっていたところに、外から車のドアをばたんと閉める音がして、それに心臓が驚いたのをきっかけに、胸のほうに意識が寄せられて、心臓神経症の兆候が見られたので、姿勢を横に変えてやり過ごした。その後もまだしばらく、不安が滲んでいた覚えがあるが、じきに眠ったらしい。