2019/5/6, Mon.

 一二時五〇分まで寝坊。紛うことなき堕落である。上階に行くと父親は居間の真ん中に立ち尽くし、歯磨きをしながらNHK朝の連続テレビ小説の再放送を眺めていた。テーブルの上には薔薇や百合を含んだ大きなアレンジメント・フラワーが置かれていた。これは何かと訊くと、兄が送ってきてくれたものだと言う。それで、そうか、今日は母親の誕生日だったかと気づいた。
 食事は特に何もなかった。台所には父親が食べたカップ麺の空の容器が洗って干されてあった。こちらは冷凍のたこ焼きを食べることにして冷凍庫から品を取りだし、電子レンジに収めて五分を設定した。そのあいだに風呂を洗った。浴槽のなかに入って手摺りに掴まりながら腰を曲げ、顔を下向きにして四囲の壁や床を擦った。そうして出てくるとちょうど電子レンジが活動を停めたところだったので、なかのものを取りだし、鰹節にソース、マヨネーズを掛けて卓に移った。食べながら、今日は出かけるのかと父親に訊くと、クリーニング店に行くと言って、まもなく彼は外出していった。食べ終えたこちらは容器を始末して下階に下り、コンピューターを点けるとFISHMANS『Oh! Mountain』を流しだして、Skypeにログインした。そうしてYさんとチャットでやりとりしながら、日記を綴った。今日もまたグループのメンバーが増えるらしい。Yさんの吸引力、スカウト力は大したものである。その後、ここまで綴って二時四〇分。
 前日の記事をブログに投稿したあと、いつも通りTwitterにも短い要約文付きでURLを発信した。それからnoteの方にも記事を投稿し、ベッドに移って腹筋運動を行ったあと、三時一七分から読書を始めた。窓を細めにひらき、身を布団のなかに包みこんだ。棕櫚の天辺に生えた掌型の葉っぱや、梅の木の明るい緑の葉が風でばたばたと喘いでいた。じきに空には青味が現れはじめ、うっすらと潮垂れた光のなかで、雨がぽつぽつと降り出したが、すぐに止んだようだった。四時を越えたあたりからこちらはクッションに凭せ掛けていた身をさらに低くして、肩ではなくて頭をクッションに乗せてしまい、そうしていると午前を通じて床にいたと言うのにまたもや眠気が浮かんできて、うとうとと意識を曖昧にすることになった。そうして五時が近づくと、母親が帰ってきたらしき気配がするとともに、天井が鳴った。こちらが身を起こして手帳に時間を記録しているあいだに、何度もどん、どん、と鳴るので、うるせえな、と思いながら部屋を出た。買ってきた荷物を運び込んでほしいと母親は言った。それに従って父親のサンダルを履いて外に出て、車の後部座席から袋を二つ受け取ってなかに戻り、冷蔵庫や戸棚に買ってこられた品物――卵、豚肉、ハム、煎餅、廉価品のピザ、トマト、ブナシメジ、などなど――を整理して収めた。それから食事の支度に掛かることにして、まずモヤシを茹でるためにフライパンに水を汲んで火に掛けた。一旦自室に下りて手帳を持ってきて、それを眺めながら湯が沸くのを待ち、沸騰すると笊にあけていたモヤシを投入した。しばらくしてから笊に上げておき、それから汁物を作ることにした。母親が鉄火巻などの寿司を三パックと、海老フライを一パック買ってきていたので、おかずはそれで大方は充分だったのだ。冷蔵庫を探ると先ほど入れたばかりのブナシメジのほかに小松菜が少量あったので、それらを汁物にすることにして、小鍋とフライパンを火に掛け、ブナシメジの根元を切り落とすと素手で細かく千切った。フライパンには小松菜を入れて茹で、沸いた小鍋には茸を投入しておき、小松菜が茹で上がると笊に取って流水で冷やし、細かく切って小鍋の方に合流させた。そうして粉の出汁に椎茸の粉、味の素を振ってしばらく煮てから、醤油を垂らし入れて完成させた。ほかに、これも買ってこられたばかりの品だが、餃子を焼くことにした。袋に表示されている焼き方の説明に従って、油は少量引き、火をつけないうちにフライパンに餃子を二列斜めに並べて、それから蓋をして中火で加熱した。手帳を眺めながら待つその横では、母親がモヤシやワカメや卵を使ったサラダを拵えていた。五分ほど経つと蓋を取り、火を微かに弱めてそのまま加熱を続け、水気が飛んで餃子の周囲が焦茶色に焦げつくのを待った。大方色が変わったところで、フライ返しで少しずつ引っくり返して完成、それで支度は充分だろうということで、下階に戻った。そうしてBob Dylan『Live 1961-2000 - Thirty-Nine Years Of Great Concert Performances』を背景に日記をここまで綴ると六時が目前となっている。
 寝床に移って手の爪を切った。"It Ain't Me, Babe"の、よく膨れた毬のように躍動的なフォー・ビートのベースに耳を寄せながら、爪切りに付属した鑢で切ったばかりの指先を整えた。それから残骸や粉を乗せたティッシュを丸めてゴミ箱に捨てると、ふたたび読書を始めた。六時半を過ぎ、薄暗闇が部屋のなかを侵しても明かりを灯さずに、カーテンの隙間の窓ガラスから辛うじて入ってくる暮れ方の青白く萎れた光を頼りに、文を追った。頁の上にも闇が覆いかぶさって、文字は実際よりも遠くにあるように見えた。音楽が終わりを告げ、六時五〇分に至って部屋のなかに影が満ちると、さすがに電灯を点け、柔らかなクリーム色に変わった頁の上に引き続き目を落とし続け、七時を二〇分ほど越えると『族長の秋』を読了した。六回目か、七回目になるはずだった。手帳に読書の時間を記録してベッドから身を起こすとコンピューターに近づき、今まで日記に綴った感想を一記事にまとめたものを拵えてブログやnoteに投稿した。Twitterにも通知を投げておき、そうしてから食事を取るために上階に行った。両親は既に食事を始めていた。こちらは台所の皿に用意されていたおかずを電子レンジに入れて温め、サラダの皿とともに醤油を垂らす用の小皿を持って卓に就き、ものを食べはじめた。テレビは『スカッとジャパン』を放映していた。何度でも言うが、これは実にくだらない番組である。悪役がどこまでも悪役として過大化され、善人は善人として麗しく美化されるこの荒唐無稽さは、おそらく中国の学生たちがくだらないと呆れ返っている抗日ドラマのそれに近いのではないだろうか。一周回ってその馬鹿らしさをこそ楽しむ番組なのだろうと思うが、母親などはそれをわりあいベタに、そのまま受け取って楽しんでいるようだった。餃子を貪り、海老フライを齧り、鉄火巻やシーチキン巻きを山葵を混ぜた醤油につけて鼻を刺激しながら食べ、そうして食事を終えると抗鬱剤を服用し、食器を洗って風呂に行った。冷水シャワーと温かな湯船のあいだを何度か行き来して自律神経を刺激したあと、足拭きがあまり濡れないように浴室の入口でタオルを使って自分の身体の水気を払った。そうして洗面所に踏み入り、バスタオルを取って頭から足の先まで、隅々まで水気を拭うと、トランクスを履き、寝間着を着込んで、櫛付きのドライヤーで短髪を乾かした。洗面所を出ると、テレビを見ている両親の脇を素通りして下階に戻り、Bob Dylan『Highway 61 Revisited』を流してMさんのブログを読みはじめた。最新記事まで二日分を読んだのち、ガブリエル・ガルシア=マルケス鼓直木村榮一訳『族長の秋 他六篇』の書抜きを始めた。大統領の無理無体な命令や、ロドリゴ・デ=アギラル将軍の死の場面や、朝方のベッドに眠るレティシア・ナサレノの姿を見て大統領が歌をくちずさむ美しいシーンなどを書き抜いた。例によって、こちらのよく用いる語彙のなかにない単語を太字にして引いておく。

 (……)各省庁の建物のきららかなガラス珊瑚礁の名残りの奥でまたたく、見すぼらしい明りを見た。(……)
 (270)

 (……)ラバの背にまたがって凍てつくように寒い荒野の果てまで出かけてゆき、ベンディシオン・アルバラドのイメージがぎらぎらしい権力によって汚されていない場所に、彼女の聖性の種子を発見しようと努めた。(……)
 (292)

 (……)銅像ひとつない広大な領土の人跡未踏の地まで、美々しい行列を組んで遺骸を運ぶように命令したときである。(……)
 (297)

 (……)心のそよめきのように激しく動くものを、おふくろの体の奥に感じたけれど、それは、内側からおふくろを食い荒らしていた紙魚の立てる音だった、(……)
 (299)

 (……)それにしても、猛だけしいジャガーの鋭い嗅覚を持ちながら、馴染み深い、甘い危険の臭いを事前に嗅ぎあてることができぬほど、りょうりょうたるトランペットの音に魂を奪われていたとは、まことに情けない。(……)
 (339)

 書抜きを終えると時刻は九時直前だった。音楽をBill Evans Trio『The Complete Village Vanguard Recordings, 1961』(Disc 3)に繋げて日記を書きはじめ、二〇分弱で記述を現在時刻まで追いつかせた。
 それから上階に上がった。父親が誕生日である母親のために買ってきたケーキを頂こうと思ったのだ。冷蔵庫から白い箱を取り出すと、台所で洗い物を始めるところだった父親が、あ、お前それ切れよと言うので、切るようなものなのかと訊くと、丸いホール・ケーキ・タイプのものだと言った。それで箱に掛けられていたリボンをほどき、開けてみると、確かに外周に苺が乗った純白のホール・ケーキである。真ん中には「誕生日おめでとう」と記されたチョコレートの板が乗せられていた。それで、箱の壁をひらいて切りやすいようにしてから包丁を入れ、三角に切り出したものを三つの皿に取り分けていった。そのうちの一つとフォークを持って卓に向かい、賞味し、あっという間に平らげてしまうと、台所でまだ洗い物をしていた父親に皿を任せ、下階に戻った。隣室に入ってギターを少々弄ったあと、コンピューターの前に戻って想田和弘「第二の“もんじゅ”案件、辺野古埋め立てに反対する5つの理由」(https://maga9.jp/190220-4/)を読んだ。米国の、「平和を求める退役軍人の会」が辺野古基地建設計画の見直しを求める声明を、五九一対五の大差で可決していると言う。ところどころ手帳にメモを取りながらその一文を読むと一〇時過ぎ、ふたたび上階に上がったのは、T子さんがテレビ電話を掛けてくるということを聞いていたからだ。上がっていくと両親はソファに就いて、父親の持ったタブレットを前にしていたので、こちらもそこに加わって、T子さんに挨拶をし、Mちゃんに手を振った。兄は今日から仕事で不在だった。兄夫婦は連休のあいだにサンクト・ペテルブルグに行って、エルミタージュ美術館などを訪れてきたのだった。例えばルーヴルならモナリザのような目玉があるが、エルミタージュはこれ、という超有名作がないので、色々と見れて面白かったけれど、私もAくんも絵がそんなにわかるわけではないので、ふうん、へええ、みたいな感じだった、とT子さんは話した。エルミタージュ美術館というところも、こちらは機会があったら是非とも行ってみたいものだ。
 Mちゃんはうろうろと動き回っていたのだが、じきに突然、躓いたように倒れ込み、前方に倒れ伏して顔を床にくっつけるようにして、その姿勢のまま静止した。まるで土下座をしているか、ムスリムがメッカに向かって行う礼拝のような形だった。T子さん曰く、これはすねているのだと言う。何がきっかけなのかわからないが、突発的にこのようになることが最近はたびたびあり、そうなると手がつけられないと言うか、何をしてもあまり効果がないのだと言う。そのうちに膝をついた格好だったMちゃんは、その脚も崩して伸ばし、べたりとうつ伏せで、大の字のような姿勢になった。
 Sくんも元気そうで、と前回通話した時と同じことを言われたので、ありがとうございます、お蔭様でと返答し、見るからに元気、と笑って言われたのには、そろそろ職場にも復帰する予定ですと言った。前の塾、と言われたのに肯定する。いつから、と訊くので、まだ連絡していないんですけれど、連休が明けたら連絡しようと思って、と答えた。職場に復帰しようと思っているということは、母親には話してあったのだが父親には伝えていなかった。その父親はこちらの発言を聞きながら、うん、うん、というように頷いていた。
 ロシアの歯医者がべらぼうに高いという話もあった。先日T子さんは歯医者に行ったのだが、詰め物を詰め直すだけで一五万円とか言っていただろうか? 記憶がはっきりしないけれど、そこはユーロピアン何とかという種類の歯医者らしく、英語が通じる場所なので外国人には重宝されているらしかった。外科もあるので、T子さんは、腕にできた脂肪の塊のようなものも診てもらったと言うのだが、それをちょっと診察するだけで六万円を取られたと言うので、それは完全にぼったくりではないかと画面のこちらの三人は揃って驚いた。
 二〇分か三〇分ほど話して通話は終わり、こちらは母親が買ってきてくれたのりしお味のポテトチップスを持って自室に帰った。SkypeのYさんグループには、新しくJさんが加わっていた。この方はこちらも以前Twitterで一度だけお話しさせていただいた人である。女性だとばかり思っていたのだが、Yさんによると男性らしかった。普通にローマ字で考えるとJさんと書くことになるのだろうが、本人がGと名乗っていたので、Gの文字を使うことにする。それで、Leopold Stokowski: New Philharmonia Orchestra『Tchaikovsky: Symphony #5; Mussorgsky/Stokowski: Pictures At An Exhibition』をヘッドフォンで聞きながらチャットでしばらくやりとりをして、一一時半を迎えたあたりで、通話してみます? とこちらが投げかけると、すぐさまYさんがボタンを押したようで着信があったので、通話に出て、いつもいきなりじゃないですか、と笑った。だって、皆、(ボタン)を押しにくいでしょう? 初めての人もいるし、とYさんは言った。
 最初に参加していたのはこちら、Yさん、Nさん、Gさん、そしてDさんも既にいたのだったか? それとも途中から加わってきたのだったか? 忘れたが、序盤には既に姿を表していた。Gさんに対して、こんばんは、Fです、よろしくどうぞと挨拶し、以前ちょっとお話しさせていただいて、ありがとうございましたと礼を言った。Gさんは繊細そうな声音の男性だった。しばらく話してから、じゃあ、例の定番の質問をしてみましょうか? と前置いて、Gさん、と呼びかけて、一番好きな小説、教えてくださいよと求めた。Gさんは、こちらがそのような質問を皆に投げかけることをYさんから聞いていたようで、多少「準備」をしていたらしかった。それで今現在思い当たるところだと、彼が好きなのは、ヴェルコールの『海の沈黙』だと言った。こちらは初めて耳にする作家だったが、フランスがドイツに占領されていた時期に活躍した人らしい。言葉を尽くしつつも、その極点として沈黙によって何かを伝える、沈黙によって言葉にならないものを伝えるというような部分が優れている、というようなことを――実際にはもっと長く、丁寧に説明してくれたのだが――Gさんは、その繊細な感受性を証す調子で、ゆっくりと考えながら語ってくれた。語ったあとに申し訳なさそうに、すみません、一人で語っちゃって、と謝るので、いや、いいんですよ、全然いいんですよとこちらは鷹揚に受けた。
 会話にはもう一人、Aさんという方がチャットで参加していた。通話はできないと言うので、こちらが音声を聞くだけ聞いて、チャットで参加していただいても構いませんよと提案したのだ。提案者の責務として、その発言をなるべく拾うようにしたのだが、Aさんもヴェルコールの『海の沈黙』はどうやら読んだことがあるらしかった。「沈黙違いですが、遠藤周作の沈黙も大好きです」と発言が来たのでそれを取り上げると、映画の話になった。GさんとNさんは件の映画を見たことがあるらしく、Nさんは、BGMが全然なかったりして、原作の雰囲気をうまく表現している映画だったと評した。
 その次に、今度はDさんに向けて、一番好きな小説との質問を投げかけてみた。彼はナボコフの名前を挙げ、光文社古典新訳文庫の『カメラ・オブスクーラ』の名を口にした。ナボコフも僕はまだ一作も読んだことがないんですよね、『青白い炎』とかが有名ですよね? と訊くと、皆『ロリータ』って言うと思いますけどねという返答があって、ああ確かにそうだと同意した。『カメラ・オブスクーラ』はナボコフの初期の作であるらしく、そのあたりはまだ皮肉が過度でなく適度に利いている感じで、それが好きなのだとDさんは話した。後期になってくると、もっとどんどん意地の悪いような感じになっていくのだと言う。そこから、宇多田ヒカルナボコフを読んでいるらしいという話にもなったので、Gさんに、宇多田ヒカル、お好きでしたよねと話を振った。チャットで参加しているAさんも宇多田ヒカルは大ファンだと言った。彼女は結構文学を読むようで、Dさんによれば中上健次なども読んでいるらしいと言うので、中上健次とはまたなかなかなところを行くなと笑った。
 それからNさんに、彼女が金原ひとみフリークだということはこちらやYさんは既に知っていたのだが、『アッシュベイビー』について語りますか? と笑いながら問いかけた。Nさんは少々戸惑っていたようだったが、金原ひとみって誰でしたっけ、というDさんの問いに答えて、『蛇にピアス』で綿矢りさと同時に芥川賞を獲った人で、と説明していた。『アッシュベイビー』についてもあらすじを訊かれて、キャバクラ嬢のアヤが愛した男に殺されることを願うようになるのだと――本当はもっと詳しく語っていたのだが――話していた。そうした話をしている最中、物凄く文学好きの集まりみたいな会話をしているなとふと面白くなった瞬間があった。
 零時を過ぎたあたりで、Aさんがチャットから通話に移行して参加してきた。彼女は関西の人で、イントネーションにもそれが聞き受けられて、「東経一三五度の」明石市に住んでいると言った。Aさんにも上と同様の、一番好きな小説を訊いてみたのだが、彼女が決められずに困惑しているあいだに、Yさんの手によって話がずれていき、しばらくしてからこちらが会話の主題をもとの場所に立ち戻らせ、Aさんがそれに対して「忘れていませんでしたか」と悔しそうに呟く、という流れが二度か三度繰り返された。結局、Aさんは好きな作家として皆川博子の名を挙げたのだったが、あまり詳しく語らないうちにふたたび話題は横道に逸れていって、後半はYさん主導で映画の話が繰り広げられた時間が多かったようだ。その頃にはマルキ・ド・サドの横顔をアイコンにしているMさんも会話に加わっていた。Gさんも映画を結構見る。そしてAさんもホラーやサスペンス映画が好きでよく見ているらしいので、こちらはYさんに、良かったですね、仲間が出来ましたよと声を差し向けた。YさんとAさんは色々な映画の名前を挙げながら語り合っていたのだが、こちらはそのほとんど一作もわからなかった。ただ、Yさんによると、『宇宙人ポール』という作、そして『フォース・カインド』という作が結構お勧めであるらしい。
 Yさんはまた、自分は本を全然読んでいないと言うわりに、小説の話も繰り広げてみせた。皆川博子についても結構詳しかった。彼女については、Mさんだったかが、今『蝶』を読んでいるか、少し前に読んでいたかといったことを言って、Aさんはいいですね、『蝶』は一番好きな作品かもしれないと受けていた。彼女は上に述べたように関西人で、関西弁で話して良いかどうか迷って通話にも参加しあぐねていたようだったのだが、いいんじゃないですか、自然な喋り方で、とこちらは軽く受けた。それでもAさんは結構敬語を保って標準語に寄った話し方をしていたようだったが、時折り現れる関西特有のイントネーションがこちらには何となく心地良いようだった。
 Yさんはまた、森奈津子とともに吉屋信子を紹介したり、チェコ文学を紹介したりした。ゾラン・ジヴコヴィッチという作家で、「東欧のボルヘス」という異名を持っているらしい。この世にはまだまだ知らない作家がいくらでもいるものだ。彼は本当に、次々に連想を働かせて落ち着いた調子でありながら滔々と語るといった印象で、見た映画の個々のシーンなどもよく覚えているし、どういう映画なのかあらすじを紹介する時なども適切な要約ができている感じで、本人が思っているよりもずっと喋れる人間だと思う。
 そんな感じで二時頃まで話を続けたあと、二時なのでさすがにそろそろ眠りましょうとこちらが提案して、解散となった――そう言いながらもこちらはその後三時まで起きていたわけだが。チャット上でありがとうございましたと礼を述べてコンピューターをスリープ状態にし、ベッドに移ると金原ひとみ『アッシュベイビー』を読みはじめた。冒頭二〇頁少々を読んだ現在の時点では、主人公アヤの暴力性、殺人に関する思念や、性描写の即物性、物質性などがちょっと気に掛かっている。三時まで読書をしたあと、就寝した。


・作文
 13:25 - 14:39 = 1時間14分
 17:37 - 17:55 = 18分
 20:56 - 21:14 = 18分
 計: 1時間50分

・読書
 15:17 - 16:48 = (30分引いて)1時間1分
 18:07 - 19:18 = 1時間11分
 20:16 - 20:56 = 40分
 21:46 - 22:07 = 21分
 26:05 - 27:00 = 55分
 計: 4時間8分

・睡眠
 3:00 - 12:50 = 9時間50分

・音楽

  • FISHMANS『Oh! Mountain』
  • Bob Dylan『Live 1961-2000 - Thirty-Nine Years Of Great Concert Performances』
  • Bob Dylan『Highway 61 Revisited』
  • Bill Evans Trio『The Complete Village Vanguard Recordings, 1961』(Disc 3)
  • Leopold Stokowski: New Philharmonia Orchestra『Tchaikovsky: Symphony #5; Mussorgsky/Stokowski: Pictures At An Exhibition』