2020/2/20, Thu.

 夢が人間の一部であるように、人間も夢の一部であり、ふつうに見ている風景が夢の解釈みたいににおいたつ、そんな時間が過ぎて、すべてがおわっていた。
 (町屋良平『愛が嫌い』文藝春秋、二〇一九年、252; 「生きるからだ」)


 一〇時のアラームで一度ベッドを抜けたものの、例によって寝床に舞い戻ってしまう。そこでふたたび臥位を取ってしまったのが良くなかった。この時にはまだいくらか空が晴れており大気に白光が通っていたので、それを顔に浴びようと思ったのだったが、寝転がらずに上体を起こしたままに保つべきだったのだ。結局、一二時四五分まで長々と、だらだら怠惰に眠ってしまい、その頃になってようやく瞼がひらいたまま閉じないようになった。外は既に一面の白い曇り空だった。
 ダウンジャケットを持って上階に行き、炬燵テーブルに入っている母親に挨拶をしてジャージに着替える。今日は何かあるのかと尋ねると、特にないけれどあとで郵便局に出かけるとのことだった。テレビは『スカーレット』というタイトルだったか、NHKの朝の連続テレビ小説の再放送が始まったところで、オープニング映像のなかで何か土偶のような人間型の茶色い焼き物がいくつか、くるくると回っていた。飯は炒飯だと言う。台所に入って前夜の豚汁の余りを火に掛け、粘っこく固まったような炒飯を大皿に盛って電子レンジへ。温めている合間に洗面所で髪を梳かしてその突出を押さえこみ、出てくると二品を卓に運んで、さらに山葵菜などの生サラダも皿に盛り分けた上から母親自作のドレッシングを掛け、それも持ってテーブルに就く。
 時刻はちょうど一時頃で、テレビで『ごごナマ』の途中のニュースが伝えられていた。福岡でも新型コロナウイルスの感染者が発見されたとのことだった。クルーズ船からは続々と乗客が下船しているようだが、以前に感染が確認されて病院に運ばれていた八〇代の男女が新型肺炎で死亡したとの知らせもあった。これで神奈川県の八〇代女性と合わせて国内での死者は三人となる。ほか、岩手県だかどこだったかで、同居していた女性とその子供三人を男性が殺害したという事件も伝えられていた。生活苦から殺害し、その後で自殺を図ったと供述しているらしい。ニュース報道が終わるとテレビは『ごごナマ』に戻り、松島トモ子という女優だか歌手だかが出演しているのだが、この女性はディズニーキャラクターのアヒルのような顔貌をした人である。食事を取りつつそれを眺め、ものを平らげてからもちょっとのあいだ椅子に留まって呼吸をした。窓外の空は雲と言うより光が一面に拡散・固着したかのような白さに包まれており、炬燵テーブルの木製の天板上にはその白味が差して映りこんでいる。母親はそれを前にしてタブレットを弄り、その向かいのテレビの前ではアイロンを掛けられるのを待っているシャツがテーブルの縁に凭せかけてあり、室の右方からは時計が秒を刻む音がかちかち響いてくる。
 立ち上がって食器を洗うと、そのまま風呂場に行って浴槽も洗い、出ると緑茶を用意して自室に帰った。コンピューターの前に就いてEvernoteで今日の記事を作るとともにインターネット各所を回り、その後、一時五一分から日記に取りかかった。一〇日の分である。一時間二六分を掛けてようやく完成させることができ、ブログとnoteに記事を投稿すると、身体の各所がこごって流れが詰まったようになっており、なまった感覚があって椅子にじっと腰を据えるのが苦労になってきていたので、dbClifford『Recyclable』を流してベッドに移った。例によって「胎児のポーズ」を行ったあと「猫のポーズ」も合わせてやったのだが、これがなかなか良く効いて、背中をほぐすのには最適なのではないかと思われた。この二つのポーズを丹念にやっておけば、とりあえず肉体の強張りを和らげるには充分なのではないか。
 三〇分ほどベッドで肉体をほぐし、それからこの日のことをメモ書きしたのだが、途中でインターネットに繰り出して遊んでしまい、余計な時間を使ったために一時間も掛かって、メモを終えると五時一八分に至っていた。それから上階に行き、食卓灯を点けるとともに居間のカーテンを閉めておく。書き忘れていたが、日中起きて居間に上がりジャージに着替えた際、我が家の東側に隣り合った敷地、すなわち元々(……)さんの宅があった空き地に「(……)」の旗が立っているのを小窓から見つけた。それで母親に旗が立ってるじゃんと向けると、売りに出したようだと言う。母親はそのあとも折に触れて、隣に家が建ったら嫌だな、変な人だったら嫌だなと不安を漏らしていた。
 部屋に戻ってくると一一日の日記を進め、四〇分を費やして文章をしたため、六時を越えたところで上階に行った。母親もちょうど帰宅したところで、図書館に行って閉館の五時までいたから遅くなったと言う。何にするかと訊くと米がないからうどんか蕎麦だと言い、煮込むかどうするかと話して最終的に温麺を煮込むことになった。加えて母親が買ってきたモヤシやキャベツなどのミックス野菜が一袋あったので、それと豚肉を炒めることにして、石鹸で手を洗うと食器乾燥機のなかの皿を戸棚に片づけ、まず沸騰した大鍋に小松菜を押しこんだあと、ミックス野菜を笊に空けて流水で洗った。そうしてこちらが玉ねぎを切る一方で母親は大鍋に温麺の汁を拵えはじめ、湯のなかに大根を薄くスライスしたり肉を一掴み投下したりする。玉ねぎを切り終えて野菜ミックスと一緒にするとこちらはフライパンを用意して、油を引いてチューブのニンニクを落とし、しばらく加熱したあとに豚肉を投入した。フライパンを振りながらいくらか火を通したあとに野菜も加えて加熱していく。水気があまり出ないようにと肉を先に熱したのだったが、結局水分は滲出してしまい、それでも塩胡椒を振って肉の色が完全に変わった頃には、炒めすぎることもなくわりと上手く仕上がったようだった。
 茸や野菜の入った大鍋を煮る一方で、温麺を茹でるための鍋を火に掛けていた。母親は玄関でどこかに電話をしていたのだが、また色々お世話になると思います、お助けいただくと思いますので、などと恐縮していたところを聞くに、(……)や(……)の関連だろうか。母親が台所を離れているあいだに野菜炒めをちょっとつまみ食いし(なかなか美味かった)、彼女が戻ってきてまもなく湯が沸いたので温麺を茹ではじめた。タイマーを四分間設定しておき、吹きこぼれないように火を弱めにして、箸で搔き混ぜながら麺を茹でていく。四分を待たないうちにもう良いだろうと洗い桶に上げて流水で洗い、笊に上げるとトングで掴んで大鍋のスープに移して煮込んだ。その合間に野菜炒めやサラダを卓に運び、温麺も用意して早々と食事を始めたのが七時前だったと思う。食べているうちに母親も自分の食膳を用意し、また、葱の掛かって味噌のついた厚揚げをトースターで焼いて持ってきてくれた。テレビはじきにニュースを始めたが、その頃にはこちらは既に食事を終えていたはずだ。クルーズ船関連の報道があったと思うがよくも覚えていない。食事中にはまた夕刊の紙面にもちょっと目を落としたものの、こちらも大して記憶に残っていない。クルーズ船の乗客の下船を二一日までに完了させる予定だとは書かれてあったと思う。そのほか三面には、イギリスがEUを離脱するに当たって単純労働者の移民を受け入れなくなる方針だと伝えられていたはずだ。EU内からの移民とEU外からの移民に区別を設けず、高度な技能などを持った労働者でなければ移民として認めないとのことで、それによって人手不足が懸念されると述べられていた。
 食事を終えると皿を洗って入浴に行き、湯に浸かりはじめたのは七時一〇分だった。瞑想めいて呼吸の感触を観察したりしていたのだが、浴槽の壁に背を寄せて上体を起こしていたにもかかわらずじきに意識がほどけていった。それでほとんど眠ったようになり、気づけば四五分くらいになっていたのではないか。また目を閉ざしてちょっと呼吸を続けてから洗い場に上がって頭を洗い、風呂を出た頃にはもう八時だったはずだ。下階に帰って歯磨きをしながら一年前の日記を読み、口を濯いで緑茶を用意してくると二〇一四年六月二二日も読み、そのあとnoteやTwitterをいくらか覗いてから二月一一日の日記に掛かって、三〇分で始末をつけた。集中力がかなり満ちていたようで、書きながら文の質感やリズムをよく感受することができているような気がしたが、それのみならず作文の物理的・物体的な側面、つまりはキーボードを打つ手指の動きにすら感覚を寄せるような感じがあった。一一日の記事をインターネット上に投稿したあと、そのまま続けて一二日の日記にも取り組んで、一〇時に至ったところで切りとしてベッドに移って身体をほぐそうと思っていたのだったが、気づけば一〇時半前に達していた。
 ベッド上で諸々のポーズを取って身体をほぐしたあと、一〇時四五分から凝りのほどけた肉体で椅子に戻り、この日のことを下書きした。さらに、一八日と一九日のことも本来は詳しく記録しておかねばならなかったのだが、面倒臭いしそんなに覚えていることもないし、端からきちんと書かないことに決めて相当に簡易的に、言わば適当に書き飛ばし――九日の分など僅か四分で終えた――それから一二日の日記を綴った。書いているうちに一時が近くなるとさすがに疲労が募ってきて画面右下の時計をたびたび見やったようだが、一時までは頑張ろうと耐え、『ストーナー』についての言及のみ残して仕上げると、ちょうど一時に達したところだった。ひとまず休むことにして、ベッドに移って「胎児のポーズ」を取る。肉体を和らげてさらに日記を進めるか、そうでなくとも読書にでも邁進したいと思っていたのだが、しかし無理そうだったので自らを労って今日はもう眠ることにして、明かりを落として布団の下に身体を潜りこませた。眠りは近かったと思う。