2020/12/26, Sat.

 たとえば、本書全体の祖型として第一部第一章に置かれた「脱修辞化の事故――ワーズワス『序曲』第五部『書物』にみる字義的/修辞的読解の限界」(初出一九七九年)を一読してみよう。ワーズワスの「書物」のセクションは、なるほどチェイスが述べるとおり、「事故に満ちたもの」だ[註1: 初出。Studies in Romanticism 18 (Winter, 1979) 冒頭の表現に拠る。]。ワイナンダーの少年が死ぬエピソードがそうであるし、エスウェイトの水死人のエピソードがそうである。ワーズワス自身の伝記的背景に準じれば、水死人のモデルは実在した学校教師である可能性が強いともいう。とすれば詩人は作中自らの教師を殺害したのだろうか。だが、詩人の人生と自伝という表象=再表現[レプリゼンテーション]の間の亀裂こそ、どのような虚構よりもラディカルかもしれないというのが、ド・マンがチェイスに教えたことだ。人生の出来事が自伝中のエピソードへと反復されるとき、ふつう我々はそのプロセスを一種メタフォリカルな翻訳と見なす。たしかに「翻訳する(translate)」という動詞をドイツ語でいえば"übersetzen"であり、この語はそれ自体ギリシャ語でいう"meta phorein"を翻訳したものである。これは、翻訳がそもそもメタフォリカルな出発点を持つ作業であることを裏づける。翻訳すること、それはなるほど言語を別の言語で反復する点において、字義的意味を隠喩的意味で反復する作業を類推させるだろう。反復=隠喩化への意志――これが翻訳の可能性を保証したとするなら、一方チェイスの脱修辞学[ディスフィギュレーション]は「言語が反復されればされるほど、比喩的意味も逐語的意味もともども脱臼・崩壊させられてしまう」(二〇頁)という観点を選ぶ。反復を運命とする限り、言語の形象[フィギュア]は死ぬ。「書物」の部は、したがって人間の死を言語で表象したものというより、逆に言語があらかじめ孕んでいる死の可能性を――ド・マン流にいうならば「言語=事物照応関係の瓦解」を――自伝的エピソードの方が反復したものと読まれることになる。
 (巽孝之『メタファーはなぜ殺される ――現在批評講義――』(松柏社、二〇〇〇年)、136~137; 第二部「現在批評のカリキュラム」; 第四章「ディスフィギュレーション宣言 シンシア・チェイス『比喩の解体』を読む」)



  • この日は朝から労働。加えて暮れ方からも。早起きするために六時にアラームを仕掛けており、無事それで起床。瞑想をした。起床後の瞑想はとにかくやるべきだ。
  • 前日のチキンの残りで食事。
  • もどれば七時。八時には出るのでもう時間はない。昨日の日記をちょっと書き、わずかばかり柔軟して、七分のみ音読。それでもう準備して出発しなければならない。
  • 天気はこれ以上ないほどの晴天。(……)さん宅の庭の植木の、一部あざやかに赤化しているやつが陽に照らされると同時に空気の流れを受けて、緑と橙の色素を撒き散らすようにして揺れている。朝の空気はひりつくほどに冷たい。微風もあったと思う。こんな時間に外に出たのは大層久しぶりだが、鳥の囀りが賑やかだった。
  • 坂道はやや大股。しかし途中で息が切れる。早朝に起きてまもないから肉もほぐれていないし、血も巡りきっていないよう。
  • 電車に乗って(……)へ。陽の斜めに射しこんで端に明るみがひらいているホームを行く。人々の顔やからだもあかるさを乗せられて彫像めいたニュアンスが増している。右手、線路をはさんで向こう、改札があって駅員のいる棟の脇の細い隙間を、プロパンガスの大きな灰色のボンベを運んでいる業者がいた。
  • 駅を出るといつもと時間が違うので、裏通りの先に見えるマンションへの陽の当たり方も異なり、色合いや装飾に新鮮味をおぼえる。なんとなく地中海岸的な、乾いた南欧風の白壁の色。空はあまりにもあからさまに澄みきっていて、青さが響き渡るような感じ。
  • 勤務。(……)
  • (……)
  • (……)
  • さっさと帰りたかったのだが、退勤はなんだかんだで一時近くになったはず。昼飯を買うためにコンビニへ。ロータリーの角にある植込みの段に、どこの国の人ともわからないがアジア系の若い男性がしゃがみこんでいた。電話をしていたらしい。声を多少耳にしたが、言語は判別できず。
  • カボチャクリームのグラタンみたいなものと、チーズバーガーを選ぶ。そのほか冷凍の焼き鳥やブナシメジなど合わせて購入。
  • 駅へ。メルヴィルを読んで待つが、クソ眠い。うまく文字を追えない。
  • 最寄りに着いて駅を抜けると、いつもとは違うルート。街道を行く。日向にいればそこそこ温かくて安堵するような感じだが、青さをはらんだ日陰に入ると途端に冷え冷えと攻められる。(……)さんの家の横、林のなかの坂を下りていく。頭上では竹の葉の房がさらさら揺らされていて、しゃらしゃら泳ぐ鈴の音めいた薄緑が青空に際立ってかなり典型的な鮮やかさ。下の道はまだ全面陽に包まれていて、精神安定薬を常用していた頃だったらわりと恍惚となっていただろうと思われる温み。
  • 帰宅。父親は洗濯物を頼むと言って出かけていった。からだは普通に疲れているが、とりあえず飯を食う。グラタンとバーガーを温めて部屋へ。ウェブを見ながら食う。美容院かどこかに行った母親がうどんと天麩羅を用意してくれていたので、天麩羅は夜に残してうどんも食った。で、そうするともう三時頃で、五時にはまた出なければならないからもう二時間も猶予がない。馬鹿げている。
  • とにかくからだを和らげなければ駄目だというわけでベッドに仰向いて書見。しかしやはりクソ眠いので意識は乱れがちで、途中ちょっと空白も挟まった。帰ってきた母親が、こちらがまた出勤するということを知って送っていこうかと言うので今日は甘えることに。そうすれば音読をするための時間をいくらか確保できるからである。
  • 四時半頃で書見を切り上げて身支度。五時半前に出ようと母親に伝えておき、「英語」を音読。ここでダンベルも持った。もう着替えてベスト姿で腕を温めたのだが、ワイシャツをきちんと着たままだと生地が突っ張ってやりづらいので、袖のボタンを外してまくり上げた。三〇分読めたので良かった。
  • 出発。五時半なのでもちろんもう宵。この時期は黄昏と宵の区別がない。黒い空に月が出ており、そろそろ満月も近い大きさまで膨らんでいて、夾雑物のないガラス帯めいた夜空のなかに白い歪円が無理やり埋めこまれたような、期せずして生え出てきてしまったような様子であらわれ照っており、文字通りはみ出しもの、といった感じ。
  • 乗車。Air Supplyがかかっている。"Lost In Love"と"Every Woman In The World"。ちょっと口ずさむ。また、こめかみなどを揉んで到着を待つ。
  • 駅前で降りる。職場へ。八百屋から出てきた老婆、おそらくその店の経営者のひとり、すなわち女将らしき人が、道に出るなり、寒さを訴える独り言をつぶやいていた。
  • ふたたび勤務。(……)
  • (……)
  • (……)
  • (……)鍵閉めをまかされたので多少遅くなり、八時半頃退勤。駅へ。やはり何人かわからないがアジア系と見える人々の、今度は男女の四人連れが前を行く。英語を喋ってはいた。ベンチ及び電車内でまたメルヴィルを読むが、やはりクソ眠いのでまるで様にならない。
  • 最寄り駅に降りると冷えた風が東西にけっこうすばやく流れており、続くので、この風はなんだ? と思った。からだはかなり疲労している。特に脚の、太腿の芯のほう。それでのろのろと階段を踏む。なんだかんだで働くとやはりだいぶ疲れる。
  • 月は頭の直上あたりに高度を増して小さくなりながら白々と君臨している。このときは普段通りのルートで木の間の坂に入った。基本的にどこかしら木の間の坂を通らないと家に帰れない。坂道でも風が盛り、周囲の木々がみるみる騒ぎ出して、身の回りの空間がすべて葉擦れの響きと化したような時間もあった。この風はなんなのか? 低気圧や雨や、ことによると降雪の予兆なのか? 空は変わらず晴れきっているのだが。とはいえ気温がかなり下がってきた感じはある。平らな道を行っても、前方からでなくて背のほうから冷気が寄って、モッズコートを越えて染みこんできた。
  • 帰宅すると部屋で休息。ベッドでまたメルヴィルを読むのだが、クソ眠いのでまたしても途中で精神活動が消え去った。一〇時を越えて食事へ。天麩羅など。
  • 母親はいつも沸かした湯をペットボトルに入れて寝床に仕込み、湯たんぽにしている。それを用意した母親に父親が、もう歯磨きすれば寝室に下がるから持っていくと告げたのに、母親がでもまだ時間あるでしょとかなんとか言って自分で階段を下りていったのだが、すると台所に残った父親は洗い物か何かしながら、ババアとかなんとかぶつぶつつぶやいていた。酒を飲むと父親はなぜかわからないが気に入らないことが増えるらしく、何かといえばぶつぶつぐちぐち独り言で文句を漏らしている。寝室に下がったあとも、何を見てそうなっているのか知らないが、ひとりでなんとか不平を言っているのがよく聞こえてくる。
  • (……)
  • ポール・D・ミラー『リズム・サイエンス』(青土社) / 高山宏『近代文化史入門』(講談社) / マーシリエナ・モーガン『ザ・リアル・ヒップホップ』 / リロイ・ジョーンズ(Everett LeRoi Jones or Amiri Baraka) / The Native Tongues / KRS-One / Souls of Mischief / Del the Funky Homosapien / 益子務『ゴスペルの暗号――秘密組織「地下鉄道」と逃亡奴隷の謎』(祥伝社) / Afrika Bambaataa / Jeff Wall(写真家) / Emmett Till / ヒューストン・A・ベイカー・ジュニア『ブルースの文学――奴隷の経済学とヴァナキュラー』(法政大学出版局
  • 最後に載せられているEmmett Till(「白人娘に口笛を吹いただけで惨殺された黒人少年」)の写真はすさまじい。
  • 零時頃、入浴へ。湯のなかでは頭蓋などを揉む。かなり久々に髭を剃った。髭剃りフォームがあまり効果のないものでやりづらいが、これを使い切らないわけにもいかない。出て帰室すると今日のことを頭から記述。ここまで書くと三時前。一時間四五分ほど。だいたいこのくらいで一日分仕上げることができれば、無理なく営みを維持していけるのではないか。