つぎに、〈目〉の例ではなく〈手〉の場合を考える。ひとが山道で下枝を手折るとき、もちろん、手折られるまえの枝は、幹から「切りはな」されてはいない。枝はもともと閉じた [﹅3] 輪郭を有してはいないということだ。大地の石を拾いあげることはどうか。いっけん石は、大地とは独立の輪郭をもち、その限界のなかで閉ざされ、どこまでが石であり、どこからが大地であるかはあらかじめ定まっているようにおもわれる。だが、そうだろうか。
拾いあげられた石には、かならず土が付着している。ひとが大地から石を取りあげるとき、石にはつねに、大地と接していたことの痕跡 [﹅2] が、つまり土のあと [﹅2] が残される。とすれば、石はもともと大地にぞくし、いわば大地とまじりあって [﹅6] いたのだ、と考えることも可能である。そのように考えるなら、石にもまたそれ自体としての輪郭はない [﹅5] 。それを〈手〉にいれて、もち運ぼうとする者が石の輪郭を見わけ [﹅2] 、その者が石を〈手〉にとることで輪郭がいわば現成する。輪郭とは、大地から分離され、「〈始原的なもの〉から引き剝が」されることで生成する〈もの〉の限界なのである。(end55)
じっさい、おなじく大地と接し、あるいは大地と入り混じっているもの [﹅2] のなかで、なにが石であり、どれが小石であって、どこからが砂となり、どのようにして土そのものと呼ばれることになるのだろうか。〈手〉でたしかにつかみうるもの [﹅2] が石(あるいは場合によっては小石)であり、〈手〉からいずれこぼれ落ちてゆくもの [﹅2] が砂であり、土そのものではないだろうか [註35: したがって、捏ねられて〈かたち〉をもつにいたった土 [﹅] は、すでに〈手〉との照応において〈もの〉となる。かくて、たとえば器 [﹅] がつくられることになるのであろう。] 。もの [﹅2] が〈もの〉となるのは、とりあえず [﹅5] は〈手〉の摑みにおうじているのである。その意味で、「〈もの〉は人間の身体との関係においてある照応を有している。その照応が〈もの〉を、享受にばかりでなく、手にも従属させる」。もの [﹅2] は、〈手〉にとられることで〈もの〉となる [﹅2] 。「他の〈もの〉をうごかすことなく、それだけをうごかし、もち運ぶことの可能性」(前出 [172 f./242 f.] )を有するにいたったもの、すなわち〈もの〉が生成するのである。――そればかりではない。「未来の享受」についてはどうか。
〈始原的なもの〉から分離されたもの [﹅2] が〈もの〉でありつづけるために、それは〈始原的なもの〉から切断しつづけられなければならない。手折った枝を山道に捨ておけば、それは腐食して土にかえってやがて樹木の養分となり、石を大地にもどせば、ふたたびその輪郭は土のなかで混じりあうからである。〈始原的なもの〉から切断するために、私は、「手」をつかって「獲得したもの」を運搬し(もち [﹅2] はこび)、「把持し保存」し、「未来の享受」(同)にそなえなければならない。〈もの〉は、そして、どこか [﹅3] で把持され、保存されなければならないはずである。そのどこか [﹅3] は、〈始原的なもの〉から(すくなくともな(end56)にほどかは)守られたところ [﹅3] である必要がある。その〈どこか〉こそが、私の〈すみか〉なのである。
〈すみか〉あるいは〈家〉とは、始原的な場所(トポス)のなかで、その場所からとりあえずは [﹅6] 切断されたところ、非 - 場所(ウー・トポス)なのであった(三・2)。だから、ものを把持し、〈もの〉を構成する労働は〈すみか〉をもたない存在には不可能 [「だから」以下﹅] なのである。
こうして、「〈もの〉は動産 [﹅2] (meuble)」となる(前出 [172 f./242 f.] )。あるいは家具(meuble)となる。かくして、〈すみか〉のうちで私の所有が確立される。「労働」は「〈もの〉を把持し、家財の存在を、家に運搬可能なものをとりあつかうことによって」(172/242)所有を創設するのである。
(熊野純彦『レヴィナス――移ろいゆくものへの視線』(岩波現代文庫、二〇一七年)、55~57; 第Ⅰ部 第三章「所有と労働 ――世界に対して〈手〉で働きかけること――」)
- 正午直前の離床。きょうはそうとうに暑い。今夏一ではないかとおもわれるくらいの暑気。そのために起き上がれなかったのか、一〇時半にはめざめていたはずなのだがいつまでたっても意識が明晰ならず、けっきょくこの時間に。寝床にいるうちにすでにエアコンをつけてしまうくらいの暑さだった。それでしばし暑さをはらってから起き、水場に行ってきてから瞑想。一二分程度でまとまる。はやい。
- 食事は五目ご飯。新聞には女子ボクシングで二〇歳のひとが金メダルとある。ほか、ベラルーシの女性陸上選手がオリンピック後ポーランドに亡命を希望したことについて、ベラルーシの国営メディアは「祖国にたいする裏切りだ」と非難したと。このひとの夫はすでにウクライナに移動しているらしい。ポーランドは亡命を受け入れており、関連高官が、苦難を強いられているひとのたすけになれてうれしい、みたいなことをツイートしたというが、ポーランドは冷戦中ソ連になやまされたのでベラルーシの後ろ盾となっているロシアへの反発が根強いとの補足が書かれてあった。同様の状況にあったチェコも受け入れできると表明していたという。
- ほか、イランでエブラヒム・ライシが大統領に就任と。保守強硬派で、外交官などの人事も刷新して米国との対立姿勢をつよめるだろうと。核合意についても就任演説では言及せず。ただ、周辺諸国との関係を重視する方針らしく、サウジアラビアとも多少協調していきたいかんじがあるようで、ハメネイは外交政策についてはおもうところがある、今後大統領につたえるつもりだ、とか言ったらしい。バイデンはイランにたいしてわれわれの誠実さと要望はこれまでしめしてきたので、イランも行動をしめしてほしい、と言っているようだが、そううまくいかないだろう。
- いつもどおり茶をつくって、さいしょに「読みかえし」ノートを読む。一時間ほど。脚を揉んだり、ダンベルを持ったり。それから授業の予習をすこしだけさっとやり、プルーストをこれもすこしだけ書見。三時ごろからストレッチ。合蹠がとにかくすごい。まとまる。ハムと辛子がはさまったパンをあたためて持ってきて食いながらここまで記述。三時四〇分。合間二時ごろに洗濯物を取りこんだ。そのさいに陽射しをいくらか浴びて身が漬けられるにまかせたが、やはり熱波が格別。
- きのうのことをつづっていま四時半。しごとがなかなかすみやかでよろしい。音読するとマジで文がすらすらかけるようになる。思考と手の動きもしくはスピードがほぼ一致するようなかんじ。
- いま(五日の)午前二時まえ。七月終盤の日記をブログに投稿するべく、読書メモとして本から文をうつしていて、BGMにChris Potter Undergroundの『Ultrahang』をながしていたところ、#3の"Rumples"がとても良い。テーマのPotterのサックスとAdam Rogersのギターのユニゾンで耳がとまり、その後のギターソロも格好良くて、おもわず打鍵の手をとめて聞いてしまった。こういう、なんといえばいいのか、Nir Felderとかもわりとちかい気がするけれど、現代のジャズとかフュージョン方面のひとがやる、メロディ感の希薄なアウト風うねうねフレーズみたいな、こういうやつもときに格好が良い。気持ちが良い。
- 出勤路のこと。林を埋め尽くしているセミの声がやはりその厚さはげしさが格別のものになっていてそうとうにうるさい。ちょっと神経を圧迫してくるのではないかというくらいのさわがしさ。公営住宅まえから棟のかなたに見えている山が緑のうえに午後五時のオレンジ色をかけられながら水色の空を接しているのをぼんやりながめながらいく。坂道もとうぜん木がちかいからセミが圧倒的で、カナカナなど左右の近間からつぎつぎと立って宙をこすりながら身をつらぬいていくようなかんじ。木洩れ陽はきょうは晴れなのでよくあって、右手の壁に豊富にかかっている。のぼりながら右の膝が痛んだので、ストレッチをかえってやりすぎたかとおもってとちゅうでとまり、膝をちょっと揉んだ。身体というのもなかなかむずかしいものだ。ほぐしすぎてもかえっていためてしまう。
- 坂の出口付近は陽射しがあらわでつよく、漬けられるようになって暑い。最寄り駅についてもまだ五分くらい猶予があり、ホームは西陽がよくとおって占拠しているはずなので、まだ行かず、駅のまえの日蔭で立ち尽くしてしばらく待った。待ちながらやはり両膝のまわりや脚をいくらか揉んでおくが、かがんで手指をうごかすそのうごきだけで汗が出る。そろそろだなというところでホームへ。階段通路にも太陽が旺盛に射しこむというか左ななめすこしまえのかなたに日輪はあらわに浮かんでおり、そのまぶしさでほとんど目を完全に閉じてしまうくらいにまぶしく、くわえてもちろん熱く、熱波にひたされて息苦しいようになりながらホームへ。はいるとそのままさらに先へ。左手、線路をはさんでむこうの段上で、スズメたちが何羽も木やらなにやらにあつまったりそこから飛び移って宙をわたったりしていくのだけれど、太陽のひかりはもっぱら西から来ており、小鳥らは東にむかって移動するので、集団の成員はことごとくみなからだの前面にくらべてうしろがわだけを西陽のためにほのかにあかるませて茶色をかるくしながらはたはた飛んでいく。
- 帰路は徒歩。きょうも白猫に遭遇。触れながらまたせつないような、ちょっとかなしいようなこころもち。
- 帰路、絶対に読み書きをしなければならないなんてことはまったくないのだ、とあらためておもった。べつにしなくてもよい。
- 帰るとオリンピックの女子バスケ。
- 勤務まえ、(……)について降り、駅を抜けて、職場にむかいながら裏路地のほうへ目をやれば、道の奥に立ったマンションがふたつ、西から来る太陽光を一面に受けて雲のない水色のもとであかるんでおり、ひかりはほぼ均一に、壁や窓のどこにも集束してかたまることなく側壁をうえからしたまですべてつつむようにひろがってなめている。
- 勤務。(……)
- (……)
- (……)
- (……)
- (……)
- (……)
- (……)そうしてこちらは徒歩で帰路へ。この夜も白猫に遭遇した。きょうはあちらから出てきたのではなく、当該の家のまえまでくると車のしたにそれらしきすがたが見えたので立ち止まり、しゃがみこむと、ささやかな鳴き声を漏らしながらゆっくりとあゆみだしてきた。そうしてまた道路のどまんなかにごろりと横たわって寝そべるので、腹を撫でたり、あたまや首のまわりを指一本でかるくこすったりしてやる。やはりこのくらいの時間になるとねむいようで、あくびをもらしたりして臥位のままあまりうごかず、ときおり寝返りを打って反対の姿勢になったり、うつ伏せ気味でややからだをもちあげて道の先をながめたりするくらいだった。ゆるく曲線をえがきながら地面に落ちている尻尾がときおり緩慢にもちあがってはまた落ちる。愛撫しているとちゅうからすでに、また神妙なというか、かすかにせつないようなかなしいようなこころもちが萌していた。日付替わりももうちかくこのくらいの時刻になると、裏道のうえをとおる微風もけっこうすずしく、セミは家々のむこうの林から間歇的にギイギイ声を散らし、頭上の夜空は雲がなくてここまで青いのはひさしぶりというくらいに澄んだはっきりとした青さのなかで星もまたひどくさやかにともっている。しばらくたわむれて別れても、やはりついてこず、路上にぼんやり寝そべったままだった。ときおり見返しながら行く。
- 街道に出て(……)の商店の脇の自販機でジュースを二本購入。すすんで、裏道にはいってちょっと行ったあたりで、べつに日記など書かなくてもよいのだとおもった。いちおう、毎日十分に読み書きをするために、とりわけ日々の記録を書くためにこそ正職につかずいつまでもだらだら生きているという名目があって、いままではずっとそういうふうに、読み書きをしたいがためにという説明をじぶんにも他人にもしてきて、それはいまもまちがってはいないのだけれど、絶対に読み書きをしなければならないなんてことはまったくないのだとあらためておもった。(……)
- 帰宅するとしばらく休んでから食事。零時をまわった。父親もまだ起きており、テレビでオリンピックを見ていて、こちらが食膳を用意したあたりでやっていたのは女子バスケットボールであり、まもなく試合終了して、どうも日本が勝ってはじめてベスト4に行ったとかで、実況の男性が、いま歴史が変わりました! みたいなことばでもりあげていた(女子ボクシングのたしか入江聖奈といったか二〇歳のひとも、金メダルを取って、歴史の扉が全開になっちゃった、みたいなことを言ったとこの日の朝刊にあったはず)。それで食べるあいだ、選手が三人くらいインタビューを受けて、父親はそれを見ながら笑みを漏らしたりうなったりしている。終わるとエアコンを切って窓をあけてくれと言って下階に去っていくので、そういわれたそばからもうエアコンは切り、あとで窓もすこしあけた。新聞でなにを読んだかは忘却。
- マルセル・プルースト/井上究一郎訳『失われた時を求めてⅠ 第一篇 スワン家のほうへ』(ちくま文庫、一九九二年)より。
- 73: 「私に問いつめる人には私は答えたかもしれない、コンブレーはまだほかのものをふくんでいたし、ほかの時刻にも存在していた、と。しかし、そういうものから私が何かを思いだしたとしても、それは意志的な記憶、理知の記憶によってもたらされたものにすぎないであろうし、そんな記憶があたえる過去の情報は、過去の何物をも保存していないから、私はそんな残りのコンブレーを考えてみる気にはけっしてならなかっただろう。そうしたすべては、私にとって、事実上死んでいたのであった」
- 74: 「過去を喚起しようとつとめるのは空しい努力であり、われわれの理知のあらゆる努力はむだである。過去は理知の領域のそと、その力のおよばないところで、何か思いがけない物質のなかに(そんな物質があたえてくれるであろう感覚のなかに)かくされている。その物質に、われわれが死ぬよりまえに出会うか、または出会わないかは、偶然によるのである」
- 74~75: 「お菓子のかけらのまじった一口の紅茶が、口蓋にふれた瞬間に、私は身ぶるいした、私のなかに起こっている異常なことに気がついて。すばらしい快感が私を襲ったのであった、孤立した、原因のわからない快感である。その快感は、たちまち私に人生の転変を無縁のものにし、人生の災厄を無害だと思わせ、人生の短さを錯覚だと感じさせたのであった、あたかも恋のはたらきとおなじように、そして何か貴(end74)重な本質で私を満たしながら、というよりも、その本質は私のなかにあるのではなくて、私そのものであった。私は自分をつまらないもの、偶発的なもの、死すべきものと感じることをすでにやめていた」
- 75: 「あきらかに、私が求める真実は、飲物のなかにはなくて、私のなかにある。飲物は私のなかに真実を呼びおこしたが、その真実が何であるかを知らず、次第に力を失いながら、漫然とおなじ証言をくりかえすにすぎない(……)」
- 76: 「思考の流をさかのぼって、紅茶の最初の一さじを飲んだ瞬間に私はもどる。ふたたび同一の状態を見出すが、新しい光明はない。もう一段の努力を、逃げさる感覚をもう一度連れもどすことを、私は精神に要求する」
- 77: 「なるほど、そのように私の底でぴくぴくしているもの、それはあの味にむすびつき、あの味のあとについて私の表面まであがってこようとする映像、視覚的回想にちがいない」
- 79: 「そして私が、ぼだい樹花を煎じたものにひたして叔母が出してくれたマドレーヌのかけらの味覚だと気がついたとたんに(なぜその回想が私をそんなに幸福にしたかは、私にはまだわからず、その理由の発見をずいぶんのちまで見送らなくてはならなかったが)(……)」