所有を創設する労働は、結局は、外部の [﹅3] 世界をみずからのうちにとりこむ、もしくは世界の外部性 [﹅3] を同化するにすぎない。あるいは、「労働は世界を変容するが、変容される世界にささえられている。質料がそれに抵抗する労働は、質料の抵抗から恩恵をこうむっている。抵抗は依然として、〈同〉の内部にとどまる」(30/43)。――質料あるいは素材は、変形としての労働に抵抗する。労働そのものがしかし、材料の抵抗を利用している。たとえば樹木が風のようであったなら、ひとはそれを切り倒すことができない。木材が水のようになんの抵抗もなく〈手〉や〈道具〉を受け容れるならば、私はそれで像を刻むことはできない。風の勢いはしかしまた、風車をまわし、水の抵抗を利用して水車がつくられることになる。素材の抵抗はだから、「なまえのない質料の偽りの抵抗」であるにすぎない(172/241)。
労働において私はつねに「自然力」にささえられている。マルクスがいうように、ひとは労働することにおいて、たんに「自然がそうするようなしかたで」自然に〈手〉をくわえるにすぎない。いいかえれば、労働が富の唯一の「源泉」ではない。所有とは、その意味では、「大地」からの寄与の忘却であり抹消である [註38: Vgl. K. Marx, Das Kapital Bd. Ⅰ, MEW Bd. 23, S. 58. ] 。
(熊野純彦『レヴィナス――移ろいゆくものへの視線』(岩波現代文庫、二〇一七年)、60; 第Ⅰ部 第三章「所有と労働 ――世界に対して〈手〉で働きかけること――」)
- 一二時三分離床。七時半すぎくらいになぜか出し抜けに覚めたときがあり、しかも枕の横に置いてあった携帯をみると(……)さんからメールが来ていた。だが、こちらはふだん携帯をサイレントモードにしていて、メールや電話が来ても音も出ないしバイブレーションも作動しないので、それで目を覚ましたともおもわれない。あるいはメールをうけて閉じたままの(じぶんの携帯はいまだにガラケーである)携帯表面に発生したわずかばかりのひかりによって覚めたのだろうか。その場で返信しておき、ふたたび就眠。
- 暑気のためかなかなか起き上がれず。いつもどおりではあるが。瞑想もきょうはサボった。食事には冷凍にあまっていた豚肉と卵をいっしょに焼き、米に乗せて食う。
- そうして習慣どおり、「読みかえし」ノートを読み、書見。「読みかえし」ノートはEvernoteから山我哲雄『一神教の起源』をあらたにうつして100番までつくった。Evernoteに保存されている書抜きをNotionのほうにうつしながらまたあらためてつくっていくつもり。書見はプルーストをすすめる。140をすぎたあたりまでで、マジでこいつ筋をつくらないというか、おもいだすことをともかくぜんぶ書こう、みたいなかんじで、コンブレーの家族や親戚まわりのこまごまとしたことがひたすらかたられるばかり。本格的に回想をかたりはじめるまえのパートのさいごで(例の有名な紅茶にひたしたマドレーヌのくだりの終わりだ)、もろもろの人物や印象や記憶など、「全コンブレーとその近郷、形態をそなえ堅牢性をもつそうしたすべてが、町も庭もともに、私の一杯の紅茶から出てきたのである」(79)と言われているとおりである。とはいえ、この小説にもとうぜん説話的構成とか物語的戦略とかがないわけではなく、たとえばきょう読んだところではオデットが「ばら色の婦人」としてすでに登場しているし、全篇をとおしてもいちおうこの小説は、小説を書くことをながくこころざしながらも挫折していた主人公がついにあきらめかけたところで無意志的記憶の不意打ちにあって芸術的真実を見出し、いよいよ確信をもって小説作品を書くことに着手するにいたる(そしてそのようにして書かれたのがこの作品である)、という結構をもっともおおきなかたちではそなえていたはず。とはいうもののしかし……みたいなかんじだが。物語を書こう、筋をかたろうというよりはやはり、あまりに空間的にすぎるというか、空間的というとあたらないのだろうが、絵画のようなかんじがあるというか、めちゃくちゃ広大なひとつのキャンバスを手当り次第つぎつぎに埋めていって共時的小宇宙をえがきだそうみたいな、そういう感触を受ける。
- いま七日の午前二時すぎで、さきほど一年前の八月七日の日記を読んだ。生活はいまと変わっておらず、昼に起きて夕刻から労働の日々。往路の記述は、「出発。空気はやはり停滞的で重く、かなり暑い。なかに草の饐えたようなにおいも籠っている。道を行けばクロアゲハがすぐ前を横切って林の茂みへ入っていって、先日も坂道で何匹も飛んでいたのだけれど、こんなに見かけるような虫だっただろうか? 歩みを進める身体は暑気にやられているのか、すでに疲れているような感じだ。木の間の坂道には蟬が叫びを撒き散らしており、距離が近いと侵入的な(まさしく頭蓋のなかに侵入してきて脳に触れるような)やかましさである。ガードレール先の木叢の一角では葉っぱたちが光の飴を塗りかぶせられててらてら橙金色に輝いている」というかんじでこれも変わり映えしない。あつかっているテーマはいまとまるでおなじである。クロアゲハは今年はぜんぜん見ないが。「光の飴」とか「橙金色」といういいかたも今年はつかっていない。あたまのなかにおもいつくことがなかった。
- 八月一日の記事にプルーストのメモを取っているのだが、17から18の、「ところで、その悠々たる騎行をとめることができるものは何もなかったのだ。人が幻灯を動かすと、ゴロの馬は、窓のカーテンの上を、その襞のと(end17)ころでそりあがったり、そのくぼみに駆けおりたりしながら、前進しつづけるのがはっきり私に見えた。ゴロ自身のからだは、乗っている馬のからだとおなじように超自然な要素でできていて、途中に横たわるすべての物的障害、すべての邪魔物をうまく処理して、それを自分の骨組のようなものにし、それを体内にとりこんでしまい、たとえそれがドアのハンドルであっても、彼の赤い服、または青白い顔は、ただちにそれにぴったりとあい、またその表面にぽっかりと浮かびあがって、その顔は、いつまでもおなじように高貴で、おなじように憂鬱だが、そうした脊椎骨移植のどんな苦痛をあらわすこともなかった」という記述をうつしながらあらためてよくおもわれた。幻灯のひかりでできた物語の登場人物の像がものもののうえをわたっていくのを述べているもので、だからひかりの反映といううごきを書いているだけなのだが、「それを自分の骨組のようなものにし、それを体内にとりこんでしまい」とか良くおもわれたし、「そうした脊椎骨移植のどんな苦痛をあらわすこともなかった」というのもおもしろい。
- 22の、「そして空に斜にあげたまま私たちのまえをくりかえし過ぎてゆく彼女 [祖母] の気品のある顔を見ていると、その褐色の、しわのよった頬は、鋤きおこされた秋の畑のように、更年期のためにほとんどモーヴ色になっていて、そとに出るときはすこし高目にあげた小さなヴェールにかくされるその頬の上には、さむさのためか、それとも何か悲しい思いにさそわれてか、知らず知らずに流れた涙の一しずくがいつも乾こうとしていた」というぶぶんが、全篇ではじめて「モーヴ色」が出てくるところ。
- 57の「スワンにはたいへんな気苦労があるのだと思うわ、あの蓮っぱな女を奥さんにしたものだから。その女がシャルリュスさんとかいう男と、コンブレー中に知られながら、いっしょに暮らしているのですからね。町の語りぐさだわ。」という話者の母親のセリフが、シャルリュス男爵の名の初出。
- 午後五時すぎに出勤へ。夕刊を取っておくためにポストをひらくと、新聞いがいにいくつか郵便物があり、そのなかにこちら宛の携帯会社からのおおきな茶色の親展の封筒があって、これはいまつかっているガラケーが来年の三月末まででつかえなくなるからさっさと機種変更をしろという通知であり、同種のものはいままでにも何度か来ていて、そのどれもすこしもなかをのぞかずにずっと放置してあるのだが、いよいようながしがつよくなってきたらしく、封筒の下部には「本案内状を必ずご確認ください。」と記されたうえ、「必ずご確認ください」の文字は赤になっている。しかし、興味がぜんぜんわかない。たしかにいちおうスマートフォンは持つつもりでいるし、携帯会社としてもはやめにさっさと手続きをしてほしいのだろうけれど、こういうツールとかガジェットとかのたぐいにぜんぜん興味がわかない人間なので、封を破ってなかを見るのがとにかく面倒くさく、そうしようという気持ちにならない。しかしそろそろチェックしなければなるまい。
- 空はむかうさきの西のほうはすっきり晴れて青いのだけれど、南から東にかけては雲が塗りかぶされており、量感と立体感がそうあるとはいえないがかといって完全に淡い、パウダー的なそれでもなく、いくらかうねって厚みをおびたシートかもしくはムースを塗り伸ばしたようなかんじの雲で、そちらは青さが隠され気味であまり明るくない。公営住宅まえまで来ると正面から車がはしってきて、あれは(……)さんの宅のものではと見ればやはり宅のまえで曲がって車庫にはいり、息子さんが運転しているのかまさか本人かとおもいながらちかづいていくと、降りてきたすがたが本人なので、まだ運転しているのかと(九〇歳をこえているので)おもいながら笑ってあいさつをかけ、すごいですね、運転されて、とおくると、聞き取れなかったようでいちど問い返されるので、もういちどおなじ言をおくる。まだ運転しているんですか、と率直にいうと年齢を強調するようで失礼にあたるだろうとおもって、上記のいいかたにしつつ、なおかつ「運転していて」ではなくて「運転されて」と申し訳程度の敬体子もつかったのだが、それでもまだ運転しているのかという含意はどうせ自動的に連想されて避けえなかっただろうから、いくらか無礼のニュアンスも避けられなかっただろう。(……)さんはややもごもごした呂律で、どこどこにちょっと用があって、みたいなことをいったのだが、どこどこというのが聞き取れなかった。たぶん、奥さんが入院しているか施設にはいっているかで、そこに見舞いに行ってきたということではないかとおもうのだが。たしかそういうはなしをいぜんにきいたようなおぼえがある。下の道をとおってゆっくりいく、とつづいたので、そうですね、と、それがいいですよ、という意味をこめて受けておき、あいさつをして別れ。
- 坂道には木洩れ陽の色が見えたが、右手の壁をまだらに染めたりひだりのガードレールの隙間から足もとに這い出して香気のようにひくく浮かんだりしているそのオレンジ色が数日前までの記憶よりも濃いようにおもわれて、それは季節がすすんでいるということなのか、あるいはきょうは数分遅く出たのでそのせいなのか、双方の要素の相乗なのか。カナカナが左右からひっきりなしに立ちさわぎ、すぐちかくから鳴かれるとちょっとびっくりするくらいに耳やあたまをつらぬいていく。しゃらしゃらと鈴を振り鳴らしつづけるようでもあり、またその一音一音が分離しながらもとなりあって一房としてながくつらなりのびていくようでもあり、だから鈴鳴りでもありかつ鈴生りでもあるような、ふたとおりの経路で鈴をイメージさせるような声。
- 最寄り駅では通路ちかくの日蔭に立つ。たいへんに蒸し暑く、あるいてきたからだは肌のどの一隅も汗でべたついてワイシャツの奥で肌着が皮膚にくっついているが、それだけに微風でもうごけばすぐに涼しさが身に生じる。電車内はすわれなかったので扉際で待機。(……)につくとおりて職場へ。ホーム上、停まっている電車と屋根の隙間のぶんだけ足もとに日なたの帯がずっとさきまでまっすぐつづいて生まれるので、そこを避けていく。駅を出て裏路地のむこうにみえるマンションはきょうもその壁にうえからしたまであかるみを受けてほのかになっているのだけれど、きょうはその背景の東の空が雲でかきまわされて青灰色に濁ったようになっているので、前後のその落差がめずらしくやや変な効果だ。
- 勤務。(……)
- (……)
- (……)
- (……)
- (……)それで休み、最寄り駅につくとセミがきょうも頭上でバタバタやっている木の間の坂をとおって帰宅。
- 帰宅後は休息し、零時まえくらいから飯。麻婆豆腐を米にかけるなど。夕刊に、小田急の成城学園駅付近で乗客を刺した男の事件がすでにつたえられていたはず。あと原爆忌および広島平和記念式典の報を読んだのだ。平和宣言と首相のあいさつの全文も載っていたので読んだが、菅首相があいさつ中に一部を読み飛ばしたという報もあり、見てみるにそれがずいぶん半端なところで飛んでおり、しかも唯一の被爆国であるわが国はどの国よりも核兵器の非人道性をよく理解しており、「核兵器のない世界」の実現をめざしていく、みたいな内容の、まあメッセージの核心といって良いだろうぶぶんをごそっと省いたかたちになっていたので、目の前にある文をそのまま読み上げることもできないような人間がこの国の首相なのかとおもったが、あとではてなブログに記事を投稿するためにログインしたところ、話題になっているニュースみたいな欄にこの件がとりあげられており、毎日新聞ならびに共同通信の記事にいわく、原稿が糊でとめられて蛇腹のようになったのをひらくかたちのものだったところ、一部糊がおおすぎて剝がれなかったページがあったということで、「完全に事務方のミスだ」という言が記されてあった。
- この深夜中にプルーストからの読書メモを各記事に取り、八月三日の記事までブログに投稿したはず。
- (……)くんから先日小説のデータをもらったので、それも読みたい。
- マルセル・プルースト/井上究一郎訳『失われた時を求めてⅠ 第一篇 スワン家のほうへ』(ちくま文庫、一九九二年)より。
- 135: 「この女中の姿が、腹のまえにかかえている、つけたされた象徴でふくらみ、それが単なる重い荷物であるかのように、本人にはそれの意味がわかっているようすもなく、また彼女の顔の表情のどこにもそれの美と精神とをあらわすものはなかったが、同様にアレーナ礼拝堂の「慈悲 [カリタス] 」という名の下に描かれている力強い主婦、複製がコンブレーの私の勉強部屋の壁にかけられていたその主婦は、自分がそんな徳性をあらわしていると気づいているようすもなく、それでいてこの徳性の化身であり、またこれまでどんな慈悲の思想も、彼女のような力にあふれた、卑俗な顔で表現されたことはなかったように思われるのである」
- 137: 「パドヴァの美徳 [﹅2] と悪徳 [﹅2] とが私には身重の女中とおなじように生き生きとしたものに見え、また女中自身も私にはそれらの絵に大して劣らないほど寓意的に見えた、というのだから、あの美徳 [﹅2] と悪徳 [﹅2] とは、それ自身のなかに、多くの現実性をもっているにちがいなかった」
- 137: 「私がのちに、私の人生の途上で、たとえば修道院で、活動的な慈悲の化身、まったく神聖そのもののような化身に、たまたま出会ったようなとき、そうした人たちは、おしなべて、多忙な外科医によく見かける、快活な、積極的な、無頓着な、ぶっきらぼうなようすをしていたし、人の苦しみを目のまえにして、どんな同情も、どんなあわれみも見せない顔、人の苦しみにぶつかってすこしもおそれない顔をしていた、つまり、やさしさのない、思いやりのない顔、それが真の善意のもつ崇高な顔なのである」
- 141~142: 「なるほどそれに関係していた人物は、フランソワーズがいうように、「実際の」人物ではなかった。しかし、実際の人物のよろこびまたは不幸がわれわれに感じさせる感情も、すべてそのよろこびまたは不幸の映像を仲介にしてしかわれわれの心のなかにわきおこらないものなのだ、われわれの感動装置では、この映像が唯一の本質的要素だから、小説の創始者のすぐれた工夫は、実際の人物を思いきってあっさり消してしまうといった単純化こそ決定的な完成であろうと解した点にあった。実際の人間は、われわれがその人間にどんなに深く共感しても、その大部分はわれわれの感覚で知覚されるものであり、ということは、われわれにとって不透明のままなのであり、一種の荷重を呈していて、われわれの感受性はそれをうまくもちあげることができないのである。不幸がその人間を襲うとしよう、そのとき彼の不幸にわれわれが心を痛めるのは、彼についてわれわれがもっている概念の総体の一部分においてでしかないだろう、さらにまた、彼自身が自分の不幸に心を痛めるのも、彼が自分についてもっている概念の総体の一部分においてでしかないだろう。小説家のたくみな発見は、精神がはいりこめないそうした多くの部分を、等量の非物質的な部分、すなわちわれわれの精神が同化することのできるものに置きか(end141)えることを考えつくようになったことであった」