2021/9/11, Sat.

 いっさいの〈もの〉の発見は、それが、存在することの時間という、この光――あるいは、この響き――のうちに挿入されることに依存している。〈もの〉はその質において発見されるが、その質は、時間的である体験のうちで発見されるのである。存在が示されること――存在が現象すること――は、時間から切りはなされえない。〔中略〕《感覚するものと感覚されるものとの共同行為》である感覚とは、体験の時間的な流れと、語によって指示される、存在者とできごとの同一性との両義性なのである(55/69)。
 (熊野純彦レヴィナス――移ろいゆくものへの視線』(岩波現代文庫、二〇一七年)、197; 第Ⅱ部、第二章「時間と存在/感受性の次元」; 『存在するとはべつのしかたで』より)



  • 九時くらいに一度覚醒したがまた沈んでしまい、一一時まえに再度浮上。喉の全体やこめかみをよく揉んでやわらかくしてから離床。水場に行き、うがいや洗顔などしてくると瞑想。一一時一五分からはじめて三二分できりあげる。そとにはミンミンゼミやツクツクホウシがまだ一匹ずつくらい、かろうじてのこっていて、とおくでうすく鳴いているのが聞こえるが、それをのぞけば空気はしずかである。天候はまた曇りに寄って、暗くはないものの白さに変じている。
  • 食事は豚肉と卵を焼くなど。新聞、米同時テロから二〇年を機に安全保障関連の連載がはじまるらしく、自衛隊のいままでの国際協力を概観的に追った記事があった。二〇〇一年の事件があって小泉純一郎がブッシュのとなえた「テロとの戦い」を支持し、テロ対策特別措置法を成立させてインド洋で米艦に燃料補給、その後二〇〇三年になってイラク戦争がはじまったあとはサマワ自衛隊を派遣してしごとにあたったが、憲法九条の制約上このときは正当防衛的な武器使用しかみとめられず他国軍にまもってもらっていた、二〇一六年に安倍政権が安全保障関連法を制定したことでそのあたりの要件が緩和されて武装組織におそわれている邦人をたすけたりなどできるようになったが、受け入れ国の同意が必要などきびしい条件がのこっており、先のアフガニスタンでは空港外に出られず輸送しかできなかったため、自民党からは法改正の声が出ている、というようなはなしだ。
  • 母親が買い物に行くついでに送っていってくれるというのであまえることに。二時に出てくれと頼む。新聞からはあと、米国で従業員一〇〇人以上の企業にたいしてワクチン接種か毎週の検査と陰性証明の提出をもとめるというはなしがあった。拒否すれば罰金一五〇万円。バイデンは、ワクチン接種は個人の自由や選択の問題ではなく、じぶんや他者をまもるための公共的なことがらだ、みたいなことを述べたらしく、なかなか踏み切ったなという印象。反発も多いだろう。とりわけ米国となると。共和党はむろん批判しており、Twitterで、「まるで独裁国家のようだ」と非難したらしい。政府職員の接種は義務化。政府と取引やかかわりがある企業にも義務化をもとめると。
  • テレビのニュースには二〇〇一年九月一一日のテロから二〇年という報がうつしだされ、それを見た母親は、もう二〇年も経ったんだ、ともらして、あのときは(……)(兄)もオーストラリアに行ってて、お父さんもアメリカに行っててふたりともいなかった、みたいなことを言ったのだが、それは記憶ちがいではないかという気がする。兄はたしかに高校時代にオーストラリアにホームステイをしていたことがあるのだが、二〇〇一年九月だとこちらは一一歳、兄は五歳上だったはずだから一六歳で、高校一年だろう。ホームステイが高校一年だったかさだかでない。二年時ではなかったか? という気がするのだが。それにホームステイは夏休み中だったというから、だとすれば九月にはもう帰ってきていたのではないか。父親が当時アメリカにいたというのもたぶんまちがいで、たしかに父親も会社の出張だかなんだかで短期アメリカ(ハワイなどだったはず)に行っていた時期はあったものの、滞在中にテロが起こったということではなかったとおもう。渡米が二〇〇一年だったかどうかもさだかでない。母親の言い分には、記憶の物語化作用による事実の改竄がいくらか起こっているのではないかという気がするのだが。
  • もう二〇年も経ったんだと印象深そうにもらした母親はしかし事件そのものにはひどい出来事だったという以上とりたてて関心はないとおもわれ、彼女にあって同時テロはただ二〇年というおおきな時間の経過を確認させる指標としてのみ機能したようで、二〇年だから生まれた子どもが成人するくらい、もうそんなに経ったのか、とつづけたあとそこから、八〇歳まで生きるとしてあと二〇年もあるでしょ、それなのに山梨に行ったり畑やったりばっかりで、といつものごとく、再就職しない父親への不満につながった。すごい。あらゆる物事や情報や言説が最終的にそこへとつうじてゆく。飛躍をおりおりはらんだその論理や意味のうごきは、隙間がありさえすればどんなほそいそれでも見出しはいっていける水のようでもあり、『テニスの王子様』にいわゆる「手塚ゾーン」のごとき強烈な引力の磁場が発生しているようでもある。
  • 風呂を洗って茶とともに帰室。きょうのことをここまで記して一時。二時には出るので猶予はない。
  • 母親に送ってもらった。勤務。(……)
  • (……)
  • 退勤まえに携帯を見ると、母親が、帰りが七時くらいになりそうだから拾うよとメールを送ってきており、時刻はちょうど七時ごろだった。メールを送っても返事がこないので、出て駅にはいったところで電話をかけると、出なかったがすぐに折り返しがきて、いま(……)だという。ふつうに電車で帰りたかったし、待ち時間もさほどなかったので、電車がわりとちょうどいいからそれで帰ると告げ、改札内へ。たしかすでに(……)行きが来ていたのではなかったか。それかホームにあがってすぐに来たはず。乗りこんで着席し、瞑目して心身をやすめる。最寄りで降りて帰路へ。前方、ホームからのぼる階段に、小さめのキャリーケースみたいなものを片手に持ち、左手は手すりをつかみながらからだの横、後方でケースをようやっとひきあげて一段一段のろのろと難儀そうにあがっていく老人がおり、このひとはたぶんこのあいだ持ちましょうかと声をかけたひとだなと見分けられたのだが、そのときことわられたので、迷いながらもきょうは声をかけず、無言で横を抜かしていった。
  • 帰宅後は特段のこともなし。(……)