ちくしょう、なんてことをしやがったんだ、と彼は思った。死に絶えた部族の亡霊たちが浮かばれないぞ。彼らが抹殺されたのは、なんの国を作るためだ? だれにわかる! ベルリンの大建築家どもさえ、ひょっとしたら知らないかもしれない。自動人形の集団が、せわしなくなにかを建設している。建設? いや、磨り減らしだ。古生物学の陳列室から抜け出したような人食い鬼どもが、敵の頭蓋骨から茶碗を作る仕事に熱中している。一族ぜんたい(end22)が、まずその中味を――脳みそを――せっせとすくいとって食べる。つぎに、足の骨から便利な食器類を作る。自分の嫌いな人間を食べるだけでなく、その頭蓋骨を器にして食べようと思いつく、このがめつさ! 技術者のさきがけ! ベルリンのどこかの大学の実験室で、消毒ずみの白衣を着た先史人類が、人間の頭蓋骨や、皮膚や、耳や、脂肪にどんな利用法があるかを研究している。はい、先生 [ヤー ヘル・ドクトル] 。足の親指の新しい使い道です。ほら、この関節をすこし改造すれば、すばやく火のつくシガレット・ライターのメカニズムになります。あとは、クルップ閣下がこれを大量生産してくだされば……。
(フィリップ・K・ディック/浅倉久志訳『高い城の男』(ハヤカワ文庫、一九八四年)、22~23)
- 九時台に覚め、それがだいぶ軽い調子の覚醒だった。からだのこごりがすくなかったのだが、しかし起き上がるまでにはいたらず、ちょっとまどろんだあとこめかみなど各所を揉んで、一〇時一五分ごろ起床。よろしい。水場に行ってきて瞑想をした。しばらく深呼吸をくりかえしてからだをほぐしたあと静止。きょうも晴れ晴れしいかがやきの日で、くわえてきょうは風が盛んですわっているあいだ窓外のネットにからんだゴーヤのしなびた残骸がバサバサ鳴らされ、それが耳かあたまの至近に、皮膚に触れてくるかのように聞こえる。一一時まえまでおこなってうえへ。両親は出かけるらしい。きのう母親が、タイ料理だかベトナム料理の店に行こうと父親をさそっていた。ハムエッグを焼いて米に乗せ、それと豚汁の残りで食事。新聞一面は真鍋淑郎というひとがノーベル物理学賞をとったとおおきく報じている。また、岸田内閣の支持率が五六パーセントとも。国際面を見るといわゆる正義連の代表だった尹美香の起訴状があきらかになり、慰安婦への募金を焼肉店やマッサージ店の支払いとか、所得税の支払いとかに私的流用していたうたがいだと。団体の口座もほぼ私物化していたようなかんじらしい。ほか、バイデンがインフラ法案をめぐって党内の分裂をまねき、指導力の欠如を批判されて苦慮していると。バイデンは肝いりのインフラ法案を成立させようと意気込んでいたのだが、そしてじっさい上院(五〇対五〇)ではすでに可決されていたのだが、下院(定数四三五のうち民主党は二二〇)にうつったところで党内の左派が、三・五兆ドル規模の気候変動対策財政支出法案をここであわせて成立させるべきだと主張しはじめ、それにたいして中道派が、そこまで大規模な支出をおこなう根拠となるような緊急性はいまない、せいぜい一・五兆ドルだと反対して状況が膠着し、左派も折れずに気候変動対策とあわせなければインフラ法案への賛成はしないとこだわっているらしい。ナンシー・ペロシはもともと九月末までにインフラ法案を成立させると宣言していたがそれでうまく行かず、一〇月末と期限を再設定したものの果たして、と。
- 食器を洗い、風呂もあらうとベランダに出て陽を浴びた。きょうも暑い。雲のかすかな空は色濃い青さで、風がやはり絶えずおどって林や周辺の木の葉をしゃらしゃらいわせている。氷を入れた水をもって帰室。きのうのことをひとことだけ足して投稿し、そのあと、なにはともあれ手の爪が伸びていてかたい感触が嫌なのでまずはそれを切ることにした。窓を閉めて竹内まりや『LOVE SONGS』をながし、処理。そのまま「読みかえし」ノートをいくらか読み返したが、やはり窓を閉ざしているとだいぶ暑い気候である。それからデスクをはなれてきょうのことをここまで記し、一時をまたいだ。きょうは三時には出なければならない。
- とおもっていたのだが、けっきょくまた四時まえの電車で行った。余裕はだいぶなくなるが、三時過ぎだとやはりはやすぎて、それだったらもうすこしべつのことに時間をつかいたいとなる。帰宅後はめちゃくちゃなまけて特段のことをしなかった。出勤まえにポール・ド・マン/土田知則訳『読むことのアレゴリー ルソー、ニーチェ、リルケ、プルーストにおける比喩的言語』(岩波書店、二〇一二年)をほんのすこしだけ読み、三時四〇分ごろ出発。午前はあれほど晴れていたのに二時あたりからにわかに曇りだして、このころには空はすべて白さにおおわれてその統制から逃れられた一片もなかった。下の道のとちゅうで(……)さんが道端の段にこしかけ、なにをするでもなくただそこにいたのであいさつ。むかいでは飼っているちいさな犬がつながれずにすわっていたので、たぶん毎日こうしてそとに出してしばらく過ごしているのだろう。坂の中途には、活発な風によって折られたのだろう、長めの枝が何本か落ちてころがっており、蛇が固形物に変身したかのような、あるいは抽象化されて形態のみとなったかのようなかんじだった。やや不穏な色に曇った空を見上げながら、ということは昼間のあの風は雨の先触れだったのか? すくなくとも雲を連れてくるものではあったらしい、とおもったが、じっさい夜には雨がすこし降った。駅のホームに立つと風が右から、すなわち東から盛んにながれて足もとに置いたバッグがすこし揺れるくらい、前髪も左端に寄せられ線路脇の草もなびいて音を吐き、大気には墨の色味がだんだんと混ざってきており、夕刻のおとずれを一時間ばかり先取ったような雰囲気だった。
- 勤務。(……)
- (……)
- (……)
- その後はとくにこともなし。