2021/11/5, Fri.

 おお 視覚のとらえた高い樹木よ。葉を落としたいま、
 枝を通して射しこむ空の
 おびただしい光と競わねばならぬ。
 夏であふれていたとき、その木は深く茂り、
 ほとんどわれわれのことを思うようで、親しみある頭部だった。
 いまこそ木の内部全体が空の街路となる。
 そして空はわれわれのことを知らない。

 思いきったことをいうなら、われわれが鳥の飛ぶように
 わが身を新しく開かれた空間に投入すると、
 その空間はわれわれを拒む。いくつかの世界とだけ
 交わっていればよいという権利が空間にはあるからだ。
 われわれの縁 [ふち] の波動する感情はつながりを求めても(end151)
 開かれた空間のなかでは旗となって満足するほかない――
 ……………………………………………………
 けれども樹木の頭部へと郷愁は向かう。

 (神品芳夫訳『リルケ詩集』(土曜美術社出版販売/新・世界現代史文庫10、二〇〇九年)、151~152; 「秋」 Herbst; 後期の詩集より)



  • 一〇時二〇分ごろに覚醒。きょうも快晴。空は青く、陽射しがよく通っている。こめかみや喉を揉んだあと、からだのうえにかかっていた布団を持ち上げてたたみ、脚をほぐしたかったのでそのまま書見をはじめた。ミシェル・ピカール/及川馥・内藤雅文訳『遊びとしての読書 文学を読む楽しみ』(法政大学出版局/叢書・ウニベルシタス667、二〇〇〇年)。一一時一〇分ごろまで。それから起き上がって水場に行き、洗顔、うがい、用足しを済ませてもどってくると瞑想。深呼吸をくりかえしてからだをやわらげてからうごきを停止した。かなりしずかで良い。そとから聞こえるのは空間の奧に敷かれている川のものらしき薄い響きと、ときおりながれる微風がゴーヤのネットの枯れた草葉を撫でるときのすれあう音のみで、そのシャラシャラという乾いた音はつらなってなだれおちるひかりの粒のきらめきをイメージさせる。とちゅうで干してある布団を叩く音が近所のどこかから立った。イベントのときに盛り上げのために鳴らされ、空中にかすかな煙の残滓をのこして消えていくちいさな砲のようなほがらかな破裂感。
  • 上階へ。食事はきのうのカレーのあまりと煮込み蕎麦。カレーは辛かった。舌がヒリヒリしてなかなか食べすすめられず、たびたび水を口にふくんで口内を更新しなければならなかった。新聞からは岸田文雄が首相に就任して一か月経ち、前政権までの批判を意識して対話と発信の姿勢につとめているというはなしがひとつ。立憲民主党の代表選出で四人くらいが出馬の見込みというのがひとつ。中国が二〇三〇年までに核弾頭を一〇〇〇発まで増やす見込みだと米国が報告し、核軍縮をすすめたいバイデン政権の意向がなかなか実行できなそうというのがひとつ。米国とロシアはそれぞれ半世紀くらいまえまでは三万発くらいの核弾頭を保有していたようなのだが、いまはその一〇分の一、三〇〇〇とか二〇〇〇くらいまで減っており、アメリカは核軍縮をすすめたいようすで、ロシアも新STARTに応じている以上(今年の二月にバイデンがロシアとのあいだで五年間延長した)、いちおうそのつもりだろう。そんななかで中国は我関せずという調子で軍縮にそっぽを向き、急ペースで軍備増強をすすめていると。去年だったかの報告では中国の核弾頭保有数は二〇〇だかそのくらいで、三〇年までに倍増する可能性がある、という程度だったのだが、それが一〇〇〇まで行くと修正されたかたちになる。
  • 母親は勤務へ。皿洗いや風呂洗いをおこなうともどってコンピューターを用意。ウェブを見てからきょうのことをここまで綴り、一時半過ぎ。気温は高めで安穏とした空気だ。
  • それからきのうのこと、一一月一日のこと、三日のこととつづけて記した。二日は外出してながくなるのであとまわし。とちゅう、二時に洗濯物を取りこみに行った。陽射しはベランダの手前側、戸口にちかいほうにではあるがまだまだ溜まっていてあたたかく、そのなかですこし屈伸をした。
  • 三時から書見。しかし、三時半くらいで本を置き、目を閉じているうちにまどろんでしまった。四時のチャイムが聞こえたことではっと気づき、あぶなかったとおもいながら起きて、上階へ。煮込み蕎麦の残りをあたためて丼にそそぎ、持って帰ってきて食す。食器を洗ってきて歯も磨くと四時半、ふたたび瞑想へ。やはり静止の時間を多く取るのが肝要だというかんがえにまた立ちもどっている。四時三七分くらいから五三分まで座り、便所に行って腹のなかを軽くしてから着替え。スーツ姿になると本や携帯などを鞄に用意して出発へ。居間のカーテンを閉め、マスクを顔につけて眼鏡をかけると玄関を出た。ポストにはいっていた夕刊および封筒を玄関内に入れておいて道へ。地上はもう暮れきっているが空には青さがのこり、西空に星がひとつふたつ、ずいぶんあかるく、いかにもするどくさだかに穿たれた針穴めいて黄みがかったひかりを点じていて、夕星 [ゆうづつ] なんてことばをおもい起こした。ただ、いま検索するとこれはたんに夕方の星ということではなく、特に金星、いわゆる宵の明星のことを言うようだ。空はもう暗んでいても昼間の晴れがつづいておおかたなめらかにならされているなかに、西空の下辺には雲が重たるく溜まって、濃い色が隙間なくあつまって低みを埋めている。
  • 駅へ。ホームに立ってまた西方に目をやれば、もう青さもほぼ失せて宵にはいりかけている空のうち、丘と樹々のあいだにひらいた低い一角に雲がひとひら影となり、ほつれた繊維をちょっとあとに散らして引いているのが、皮膚のうえにできた擦り傷、子どもが転んで膝小僧につくってしまう擦りむいた痕のようだった。乗車。ひとは多い。扉際も埋まっているので、座席の端の柱をつかんで瞑目。目の前の席のならびには外国人が赤ん坊を抱いてすわっており、その左方、扉のまえには若い女性がふたり立って談笑、背後は山帰りらしい中年男が二、三人いて、そのうちのひとりがずいぶんもごもごしたような発話でよく喋っていたが、もしかすると酒を飲んで酔っていたのかもしれない。
  • 勤務。(……)
  • (……)退勤は八時四〇分ごろ。駅にはいり、すでに来ていた電車に乗って席で瞑目。いつであれどこであれ、目をつぶってじっとしていればそれがすなわち瞑想である。もうからだが訓練されているから、数分ですぐに皮膚やすじがやわらいでくるのをかんじる。首のすじなどわかりやすく、ワイシャツの襟にかこまれた肌がゆるんで余裕をもったような感覚になる。むかいに電車が来て乗り換え客が移ってくると、ホームを行く足音や、ひとが乗りこんできたときの車両の揺れ、そこからさらにつづく足音と振動、座席に座りながら荷物として持っているビニール袋をガサガサいわせる音、衣擦れ、などの知覚刺激が各所からつぎつぎと生じて意識野をにぎわせる。
  • 最寄りで降りると暮れ方に見たのとおなじものか、星がくっきり灯っていた。マスクをずらして顔を出し、だれともすれ違わない帰路を行く。木の間の坂道をくだっていると前方に猫らしきすがたがあって、こちらをうかがいながら先んじてさっさとあるいていく。野良猫なのかなんなのかわからないが、たまにこのあたりで見かけるやつだろう。こちらの歩みが遅いので見えなくなっていたのだが、出口近くになると道端のガードレール下あたりにいたのが道を横切って暗がりへとはいっていき、そこまで行って見てみると(……)さんの庭の境界あたりにそれらしきうっすらと白い影があったので立ち止まってしばらくながめた。猫のかたちをしているように見えるその影にじっと視線をおくってにらめっこめいた対峙をしたり、たまに口笛を吹いたり舌を鳴らしたり、片足をパタパタさせて音を出してみたりとしたのだが、あいてはまったくうごかない。あまりにもうごかないので、もしかして猫じゃなくて低い庭木の影じゃないだろうなとおもったくらいで、もしそうだったらかなり間抜けな図になってしまったのだが、とちゅうでいちどだけ、首を横に振ってべつの方向を向いたように見えたので、たぶんあれが猫だったはずだ。それいがいはおそらくずっとこちらのほうを見つめていたはずで、こちらも止まってうごかずに見つめかえしていたのだが、あいてもなかなかの忍耐強さ、きょうは負けをみとめて引いてやろうというわけで、じきに切りをつけて歩きだした。夜空は雲なくすっきりと晴れて、見事に切り落とされた金属板の襞のない純ななめらかさ、コバルトのつよさまでは達さず鈍くくすんだ青の表面に星があかるくただよっていた。
  • 帰宅後はひとまず休息。一〇時過ぎで夕食へ。豚肉とピーマンやネギを合わせて炒めたものや、煮込み蕎麦。うまい。新聞で政府による一八歳以下への一律一〇万円給付やマイナンバーカード保持者への三万円分ポイント付与についてなど読む。食事を終えると母親と入れ替わりに風呂にはいり、ときおり冷水を浴びながらゆっくり浸かってからだをいたわり、出ると茶をつくって帰室。一服したあときょうの日記を書き出し、一時に達するてまえで一回切って瞑想。しかしさすがに疲労があって静止に耐えられない。一〇分程度で切るほかなく、その後ヘッドボードにもたれてちょっと休み、きょうはなんとか眠りこけることなく二時まえには復活できた。ウェブを見たあと、三時まえからふたたびきょうのことを記述し、三時二〇分でこの現在まで追いついた。
  • その後すこしだけ書見し、三時四〇分ごろ就床。