2022/11/29, Tue.

 最愛のひと、ぼくを引受けてください、ぼくを支え、まどわされないでください。日々はぼくをあちらこちらと投げ交わします。あなたがぼくから決して純粋な喜びを得ることはないだろうということ、それに反し人が望みうるかぎりの純粋な苦悩を得るだろうということを悟ってください。そしてそれにも拘わらず――ぼくを放り出さないでください。ぼくをあなたと結んでいるのはただ愛だけではない、愛は取るに足りないものでしょう。愛は始まり、到来し、過ぎ去り、またやってきます。しかしぼくが全くあなたという存在に食いこんでいるこの必然性、それは変りません。最愛のひとよ、あなたも変らないでください、変らないで! そしてこの前の前の手紙のような便りはもう書かないでください。
 (マックス・ブロート編集/城山良彦訳『決定版カフカ全集 10 フェリーツェへの手紙(Ⅰ)』(新潮社、一九九二年)、232; 一九一三年一月一九日 日曜 午後 悪しき一時間)




 いま午後一〇時前。きょうはすさまじいいきおいで圧倒的にゴロゴロしている。まあその間に脚をたくさんマッサージしてからだはだいぶ軽く、楽になったのでよいが。ともあれ療養、養生だ。そもそもきょうはきのうの勤務の疲労のためなのか、覚醒してもあたまもからだも覚めきらず、携帯に手を伸ばして見ることができたのが一一時だったし、そこからさらに一時まで寝床にとどまってしまった。その後もたいしたことはしておらず、文を書くのもこの時間にいたってようやくだし、そのほかは飯を食ったり洗濯をちょっとしたり、ブランショの『文学空間』をほんのすこし読んだりしたくらいで、あとはだいたいだらだらしている。からだは首のうしろから肩甲骨あたりまでにかけての背骨がやはり核心。ここをだんだんとやわらかくしていけないかぎり体調は根本的にはよくならないことを確信している。そして手指のストレッチはわりと効果がある。やはりそこから背のほうに行っているのだろうが、いまこの文を書きはじめたときにもからだがちょっと反応する感じがあって、感触をしらべてみた感じ、打鍵するためキーボードに両手を乗せるその姿勢ですでにわずかにピリピリ来ている感じがある。手首が主ではないかと。それだけではなさそうだが。打鍵するときの全般的な手のかたちやそのときのゆびのすじのつかいかたや配置がぜんぶあわさって、首や背中のほうによくない刺激や影響が行っている感がある。長年の書きものの習慣によって悪影響がだんだんと蓄積されていったのだろう。したがって、手のひらや指、手首、それに肘までの上腕部をよくさすったりしてやわらげるのがよいかもしれない。じっさいいまそうしてみると、上腕部もやはり凝りが溜まっているのが摩擦にこたえて感じられ、ここをやわらげるにつれて首のうしろも楽になった。手指や腕から首や背に行き、そして頸椎脊椎のそのあたりがこごると胃にも来て、胃弱はとうぜん不安や緊張をもたらす。ゆびと手と腕こそがすべての根本だったのでは? 職業病だったのか……職業ではないが。
 きょうは風がきわめてつよく、寝床にいたうちからいまにいたるまでずっと、散発的にそとを轟々吹きすさむ響きが重く生じて、昼間はそれでアパートぜんたいが揺らされるくらいだった。ゴロゴロしているあいだにさいきんサボっていた一年前の日記の読みかえしを三日分済ませた。2021/11/27, Sat.から11/29, Mon.まで。さいしょの日の風景が以下。

食事を終えるとちょっと窓外を見やったが、すると川向こうの屋根のさきで樹々にかくれた裏から煙がにわかに顔を出し、さいしょは密にかたまった濃い白でぬぼーっとしたかんじの間の抜けた生物のように緩慢にもたげていたが、すぐに宙にひらいて風通しよく拡散し、風景の一角をひかえめにいろどった。そのうえの山の高いあたりはオレンジの砂をかけられたふうに染まっており、さきほど煙のみなもとをかくしていた川沿いの樹々のつらなりは梢のならびを虫の足か口のごとく肉感的にうねらせているし、山のほうでも低みでうごきが見えるからあちらでは風がけっこう吹いているらしいが、我が家のまわりにはその気配はかんじられない。近間の屋根の一面が水でつくられた鱗のように白さを溜めており、空中にもひかりをはじいてただよう一片がおりおりあらわれて、それは虫のようにしか見えないのだけれど、そのじつ枝からはなれて旅に出た枯葉なのだろう。

 二九日の往路。

(……)三時四〇分ごろに家を発った。玄関を出て道を行く序盤、空気が妙にあかるい気がしたというか、もう四時ちかくだし空には薄雲が混ざっているしで陽の色もないからそういう意味でのあかるさではないのだけれど、視界が明晰にかんじられ、明晰といってものもののすがたがくっきり立っているということでもないのだが、なんだか開放的なあかるさがあった。それはたんに、気分のかるさということだったのかもしれない。木の間の坂に折れると道の両側には黄色っぽい淡さの落ち葉が無数にあつまって縁をかざる絨毯のように敷かれ帯なしていて、一見して印象派のえがく風景のたぐい、すすめば右手斜面うえの木立のなかにも黄に染まったあざやかな葉がさしこまれたさきに雲まじりの空は水色をのぞかせている。

 一年前はオミクロン株が発見されたころで、二七日にはすでに新型変異の報をみているが、二九日の新聞でそのへんをさらにくわしく知っている。

(……)新聞からは一面の、オミクロン株が欧州に拡散しているという記事を読んだ。きのうもベルギーで感染者が発見されたという報があったが(南アフリカへの渡航歴はなく、エジプトから帰国したひとだったという)、さらに南アフリカからオランダにはいった飛行機の客のうち六一人が陽性となり、そのうち一三人だかがオミクロン株だったという。ドイツ、イタリア、チェコデンマークでもそれぞれ発見されているようで、ヨーロッパにはもうひろく拡散していると見てよいだろう。ほか、いままで南アフリカの隣国ボツワナに、イスラエルと香港でも発見されており、ここでオーストラリアでも確認されたので、たぶん欧州のみならず世界各地にももうわりとひろがっているのだろう。そもそもさいしょ二六日に南アフリカで変異が確認されたのも九日に採取した検体だったというから二週間いじょうあいているわけで、そのあいだにオミクロン株の感染者が各地に移動していたとしてもおかしくないし、また南アフリカだけでなく世界のほかの地域でもほぼ同時的におなじ変異が発生するということもまったくないではないのではないか。いずれにしてもイギリス(イングランド)は規制緩和を撤回してマスク着用を義務化したし、各国とも外国人や一部の国からの入国を禁じたり制限したりしている。オミクロン株は変異の程度がおおきく、ウイルス表面の突起だけで三二か所の変異が見られたとかで(そのうちのいくつかはデルタ株などほかの変異と共通しているらしいが)感染力がつよいといわれており、ワクチンを二度接種していてもふつうにかかることがあるようだから、おそらくこれでまた世界的な再流行となり、とおからず日本にもそのながれが波及してくるのではないか。

 またおなじく二九日には、「きょうも四時からさいごまで労働なのでたいして日記が書けないのだけれど、きのうは起きたときからうすい怒りをおぼえたが、きょうはあきらめのおちつきみたいな状態にいたっている。ただできるだけのことをやればいいのだ。べつにしごとでもないし、だれにやらされているわけでもないし。これをやったところでとくになにになるわけでもないのだから。それは楽なことだ」と言っており、まあこの一年前(もしかしたら二年前からすでにそうだったか?)から日記を満足に書けないという状況は変わっていないわけだ。さいきんでは心身がついていかないということもあり、もう怒りを感じるようなことはない。とにかく体調優先。「べつにしごとでもないし、だれにやらされているわけでもないし。これをやったところでとくになにになるわけでもないのだから。それは楽なことだ」というのは良い。やったところでなにになるわけでもないということは、やらなかったとしてもとくにどうなるわけでもないということだ。
 食事は一回目、というのはもう一時半くらいだったわけだが、そのときは白菜のあまりを少量と豆腐で生サラダにして、そのほか昨晩一一時半ごろ帰ってきてから遅くにつくった煮込みうどんののこりと、冷凍の唐揚げをおかずに米。二度目もサラダをのぞいて同様。煮込みうどんは麺つゆと味の素だけでつくったけれどじゅうぶんうまく、キノコのおかげもあるのだとおもうが、鍋スープのたぐいを買ってこないで麺つゆとか味噌だけでがんばったほうがよいかもしれない。シーフードミックスを入れてもよかったかも。わすれていたが。それで食い物がおおかた尽きて、きょうは買い物に行くようかなとおもっていたのだが、パック米はまだふたつあるし、レトルトのカレーがあるのをおもいだしたのでそれであしたまで二食分しのげるではないかと。なので買い出しはあしたにまわすことに。洗濯は乾くようなというかそもそもそとに出せるような天気ではないが(起床からして時間も遅くなってしまったし、お迎え時の保護者や園児が雨やんだ雨やんだと言っていたことからすると一時降ってもいたらしい――車のタイヤの音に水の響きがないなと聞いたときもあったので、さほどの降りではなかったようにおもうが。いま窓をあけて確認してみても、道はすこし濡れているようだが、伸ばした手の指にふれてくるものはかすかで、それよりもとにかく風がすさまじく、道端の低木はさわいでいるし、甲高い精霊のうなりが頻々と立つ。とはいえ気温が低いとは感じられず、窓をあけたときの外気がわるくない質感だったので、いまもカーテンはかけたままあけっぱなしにしてある)、洗うものがけっこうあるので、肌着はまあきちんと乾かなくてもいいかということで、それと靴下だけ洗っておくことにした。もう夕方になってからのことだった。
 その他なにかあったかといっておもいつかないのだが、二三日いこうを書けていないのですこしでもすすめたいところではある。だがまあぼちぼちやればよい。あとさきほど、BRITAの浄水ポットのカートリッジを替えておいた。このカートリッジは適正使用期間は八週間だったかそのくらいとされているらしく、ポットのカバー部分に、使用開始時にボタンを押すとあとどれくらい期間がのこっているというのをメモリであらわしてくれる表示部があるのだけれど、それが尽きてからもさいきんは取り替えるのがめんどうくさくて、つかっていてもとくに水の味に不都合をおぼえなかったし、取り替えを先延ばしにしていたのだけれどそれをようやくかたづけた。やらなければならない掃除整理のたぐいはまったくやる気が起こらずぜんぶ先延ばしにしてしまっている。カートリッジはMAXTRA+とかいうもので、まず既使用のカートリッジをポットの濾過部、つまりポットはふつうの大枠のケースがあるその上半分に濾過用のもうひとつの容器をすっぽりはめこむかたちで、濾過用ケースはしたがすぼまるようになっているわけだが、そのすぼみ部分にカートリッジが押しこまれており、そこからすでにはたらきを尽くしたやつを取ってのぞき、ケースやカバーをそれぞれざっと水洗いすると、開封したあたらしいカートリッジを水のなかに入れて余計な空気とかを抜く。そうして設置して二回分水をとおして捨てたらつかいはじめることができるというわけで、この文を書いているあいだに水をそそいで捨てて使用できるようにして、あたらしい水も溜めて冷蔵庫の脇に置いておいた。ここまで記して一〇時四七分。書いているあいだにたびたび手や腕をさすったのだけれど、主なのは手首というより腕のほうかもしれない。肘と手首のあいだをさするとかなり反応があるし、首まわりは楽になったし、後頭部や側頭部あたりでピリピリプチプチすじがほどけるような感覚もときに生じる。これは手首を振ったときにも生まれる。手首をプラプラやるのもいいなとおもっていたが、あれはけっきょく腕だったわけだ。あと腹が減って、胃のあたりがうごめいて空腹時のうなりをもらしたりもするので、やはり(おそらくは背骨を介して)そちらのほうにまでつうじている。そういうわけで腹が減ったのでカレーを食べよう。あとインスタントの味噌汁。


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  • 日記読み: 2021/11/27, Sat. / 2021/11/28, Sun. / 2021/11/29, Mon.


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Helen Sullivan, “Russia-Ukraine war at a glance: what we know on day 279 of the invasion”(2022/11/29, Tue.)(https://www.theguardian.com/world/2022/nov/29/russia-ukraine-war-at-a-glance-what-we-know-on-day-279-of-the-invasion(https://www.theguardian.com/world/2022/nov/29/russia-ukraine-war-at-a-glance-what-we-know-on-day-279-of-the-invasion))

Ukraine’s prosecutor general’s office has said 329 children are considered missing in Ukraine, while 12,034 have been deported to Russia. According to the Ukrainian government’s children of war portal, 440 children have been killed as a result of Russia’s war and 851 children are reported as injured.

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The Ukraine war hotline between Russia and the US has been used once, according to a Reuters source. The communications line was created at the start of the war. The official, who spoke on condition of anonymity, said that the US initiated a call on the “deconfliction” line to communicate its concerns about Russian military operations near critical infrastructure in Ukraine.