2023/2/10, Fri.

  お前からぼくへの幾歳

 再び お前の髪は波立つ、ぼくが泣くと。お前の目の青さで
 お前は ぼくたちの愛のテーブルを覆う、夏と秋の間の寝台を。
 ぼくたちは飲む、誰かが醸造したものを、それはぼくではなかった、お前でも、また他の者でも――
 ぼくたちは 空っぽの そして 最後のものを 啜る。

 ぼくたちは 深海の鏡の中で 見つめ合い すばやく 食物を差し出し合う――
 夜は 夜だ、夜は 朝で始まる、
 夜は ぼくを お前のもとへ横たえる。

 (中村朝子訳『パウル・ツェラン全詩集 第一巻』(青土社、一九九二年)、57; 『罌粟と記憶』(一九五二))




  • この日は労働で当日中に一文字も書くことができず、忸怩たるおもいが少々。いまは翌日の昼間、一二時四三分である。雪降りの日で、朝寝床にいるあいだにそとから聞こえてくる車の音のなかに水の響きがあるからああ雨降りになったのだとおもっていたのだが、その後レースのカーテンをあけず窓外をのぞかないでいたところ、三時半ごろにいたって出かけるまえにようやくまくってみれば雨ではなくて雪であり、しかもけっこうな降りで路上にも積もっていたのでびっくりした。雪だったのかと。部屋を出れば鍵を閉めるために扉をまえにした姿勢から左方、通路の端の開口部からみられる隣の家の屋根のうえもそこそこの厚みでじつにきれいに覆われてあり、白さの表面にいっさい乱れがみられずただ屋根の浅い段に沿ったらしくかすかな線があるかなしかという希薄さで浮かぶのみだった。
  • 雪が降るということをそもそも知らず、しかも明確に積もっていたのでおどろいたのだが、出勤路はいつもどおり(……)まであるいていくつもりでいた。出るころにもまだ降りはつづいていたので七〇センチの白ビニール傘を持ち、アパートを出て道へ。南の車道に向かうが、路上もおおわれていて、車のとおったあとや先蹤者の足跡がきざまれてはいるけれど、踏んだときに感触のもうないような地帯はまだ切りひらかれておらず、おおかれすくなかれ結晶のあつまりをにじって行かねばならなくて、靴はボロいしだんだん水気が染みてくるよう、裏側もすり減ってはいないとおもうがふつうの平らなやつなので、転ぶのがこわくていつもよりいっそうのろのろとした運びになる。公園の向かいの家のひとが十字路のあたりを雪かきで掃除していた。南の車道沿いも状況はおなじであるきづらく、行くうちにこれで(……)駅まであるくのはさすがにきついなとこころが返って、最寄り駅をめざすことにした。したがってコンビニを過ぎるとおもての歩道を行くのではなくて裏道にはいる。はいってもやはり路上環境はたいして変わらず、近間の(……)大学の学生だろう髪を染めたギャル風の女子が厚手の運動着姿でふたり、おなじタイミングで路地にはいって、自転車でさきを行くべつのひとりに気をつけてねー、とかかけていたが、この若いふたりも足をとられて歩みぶりとしてはこちらとそんなに変わらない。いっぽうがたほうに、横にならばずに縦にならんでいこう、水が跳ねるから、と提案していた。それを受けたほうはサバサバとした口ぶりの物怖じのない女性で、さきほど自転車に向けて声を送っていたのもこちらだが、はやく行こうと言って先導しつつしだいに距離をはなしていって、そこにうしろになった女子に向かって電線から雪が落ちてきたらしく、立ち止まったかのじょはもおおーー!! ちょっとおー!! 最悪なんだけどー!! と天をあおぐような姿勢で嘆きを叫び、いわく、落ちてきた雪が靴のなかにはいってきてひどく冷たかったようだが、さきを行くほうはたいしてそれに取り合わずにはやく行こうとまたうながしていた。こちらは傘をさしているので頭上から降ってくる雪片アタックをブロックできる。あたまの至近にいきなり打音が来るのですこしびっくりするが。
  • (……)駅に着いてホームへ。ポケットに手を入れて立ち尽くし、目のまえの線路空間や向かいのホーム、さらにそのさきのマンションや空を背景に無数の雪粒どもが絶えることなく宙を舞って埋めつづけるのをながめる。降りはすこし斜めがかっていた。ある種催眠的ともいうべきおびただしい雪片の通過は、そのなかに差異を見分けることがほとんどできず、おなじ構成の群れがひたすらあらたに再生をくりかえしているかのようで、じきに向かいのホームに電車がやってきたが、滑りこんできて減速し、また徐々に緩慢さからするするとした走行へうつって去っていくそのうごきをなかに奥に囲んでも、雪の集団はその運動に巻きこまれず、空間の前面でかんぜんに無縁な独立性と固有の秩序をたもっているようで、加工された映像にほどこされたフィルター効果のようにうつった。
  • 往路の電車内はわすれたが、雪降りのせいで倒木などがあってたしょう遅れていたはず。勤務(……)
  • (……)
  • その他忘失。


―――――

  • 日記読み: 2022/2/10, Thu.