2023/2/15, Wed.

 明け方の黒いミルクぼくたちはそれを晩に飲む
 ぼくたちはそれを昼にそして朝に飲むぼくたちはそれを夜に飲む
 ぼくたちは飲むそして飲む
 ぼくたちは空中にひとつの墓をシャベルで掘るそこは横たわるのに狭くない
 ひとりの男が家に住みかれは蛇たちと戯れるかれは書く
 かれは書く暗くなるとドイツへ君の金色の髪マルガレーテ
 かれはそれを書くそして家の前に歩むそして星たちがきらめきかれはかれの犬たちを口笛で呼び寄せる
 かれはかれのユダヤ人たちを口笛で呼び出し地面にひとつの墓を掘らせる
 かれはぼくたちに命ずるさあダンスの曲を奏でよ

 明け方の黒いミルクぼくたちはお前を夜に飲む(end68)
 ぼくたちはお前を朝にそして昼に飲むぼくたちはお前を晩に飲む
 ぼくたちは飲むそして飲む
 ひとりの男が家に住みかれは蛇たちと戯れるかれは書く
 かれは書く暗くなるとドイツへ君の金色の髪マルガレーテ
 君の灰色の髪ズラミートぼくたちは空中にひとつの墓をシャベルで掘るそこは横たわるのに狭くない

 かれは叫ぶもっと深く土に突き刺せお前たち歌えそっちのお前たちほら奏でよ
 かれはベルトの鉄に手を伸ばすかれはそれを振るうかれの目は青い
 もっと深くシャベルを突きさせお前たちもそっちのお前たちもダンスの曲を奏で続けろ

 明け方の黒いミルクぼくたちはお前を夜に飲む
 ぼくたちはお前を昼にそして朝に飲むぼくたちはお前を晩に飲む
 ぼくたちは飲むそして飲む
 ひとりの男が家に住む君の金色の髪マルガレーテ
 君の灰色の髪ズラミートかれは蛇たちと戯れる(end69)

 かれは叫ぶもっと甘く死を奏でよ死はドイツからきたひとりのマイスターだ
 かれは叫ぶもっと暗くヴァイオリンを弾けそしてお前たちは煙となって空中に昇る
 そしてお前たちは雲の中にひとつの墓をもつそこは横たわるのに狭くない

 明け方の黒いミルクぼくたちはお前を夜に飲む
 ぼくたちはお前を昼に飲む死はドイツからきたひとりのマイスターだ
 ぼくたちはお前を晩にそして朝に飲むぼくたちは飲むそして飲む
 死はドイツからきたひとりのマイスターだかれの目は青い
 かれは君に鉛の弾を当てるかれは君に命中させる
 ひとりの男が家に住む君の金色の髪マルガレーテ
 かれはかれの犬たちをぼくたちにけしかけるかれはぼくたちに空中にひとつの墓をくれる
 かれは蛇たちと戯れるそして夢みる死はドイツからきたひとりのマイスターだ

 君の金色の髪マルガレーテ
 君の灰色の髪ズラミート

 (中村朝子訳『パウル・ツェラン全詩集 第一巻』(青土社、一九九二年)、68~70; 『罌粟と記憶』(一九五二); 「死のフーガ」)




  • 一年前より。古井由吉のしたの訳文はやはりすごい。特に第二段落。

 あらゆる天使は恐ろしい。それであるのにわたしは、哀しいかな、御身たちを、人の命を奪いかねぬ霊鳥たちよ、その恐ろしさを知りながら、誉め歌った。天使のうちでも最も輝かしきラファエルが簡素な戸口に、旅人の姿にすこし身をやつして、もはや恐るべき姿ではなしに、若者が若者をしげしげと眺めやるふうに立った、あのトビアスの昔は何処へ往ったのか。今ではもしもかの首天使が、これこそ危険な天使が、星々の彼方からわずかに一歩でもこちらへ向って降ったとしたら、迎えて高鳴る心臓がわれとわが身を打ち砕くことになるだろう。御身たちは誰なのか。

 黎明に生まれ合わせ、御身たち、天地創造の恵みをありあまるほどに享けた寵児たち、万物の尾根、曙光に染まる稜線。花ひらく神性より飛ぶ花粉、光を自在に伝える継ぎ手、廊であり階であり玉座であり、生きとし生けるものから成る部屋部屋であり、歓喜から成る楯であり、恍惚の嵐の渦であり、そしていきなり、一個に立ち戻って、鏡。流れ出たおのれの美をおのれの顔の内へまた吸い納める。(end170)

 ひきかえこのわれわれは、物に感じたところから、蒸散させる。ああ、われわれは自身を息と吐き、そして納め戻さない。焚火から焚火へ、匂いを加えながらかすかになっていく。誰かが言ってはくれるだろう。いえ、あなたはわたしの血の内に入ってます、この部屋も、また来る春も、あなたの匂いに満ちてます、と。それがしかし何になる。そう言う人もわれわれを留められず、われわれはその人の内から、その周囲から、消えていく。そして美しかったあの人たち、誰があの人たちを繫ぎ止めるというのか。絶えず顔に表情が浮かんでは去る。朝の草の露のように、われわれのものはわれわれのもとから発っていく。顔の火照りのやがて冷めるのにもひとしい。ああ、微笑んだ。この笑みは何処へ往ってしまうのか。ああ、眉をあげる。あらたに暖く立っては逃げて行く心の波。哀しいかな、しかしこれが、われわれなのだ。宇宙は、われわれがその中へ融けこんで、われわれの味がするだろうか。天使たちはほんとうに自身のものだけを、自身から流れ出たものだけを納めるのか、それとも時には、間違いのように、われわれの存在のなにがしかがそこに加えられるのか。われわれは天使の面立ちの中へ、妊婦の顔に漠とした面影の潜む程度には、紛れこむのか。天使たちは自身の中へ渦巻いて還るその烈しさのあまり、それを気に留めていない。どうして留めることがあろうか。

 (古井由吉『詩への小路 ドゥイノの悲歌』(講談社文芸文庫、二〇二〇年)、170~171; 「17 ドゥイノ・エレギー訳文 2」)

  • ニュース、ウクライナ侵攻がいよいよ迫ってきているという段階。

(……)ニュースは一面に米露の電話会談で緊張緩和にはつながらなかったとの報。きのうすでにつたえられていたが。バイデンはロシアにたいする安全保障のかんがえかたをつたえたが、プーチンはロシアの懸念の本質的なところにこたえていないと不満をくりかえした。NATOの東方不拡大の確約を欧米側がことわったことにかんして、ちかく正式な回答を表明するとのこと。マクロンもこのところ仲介にうごいていてプーチンとも再度はなしたようだが、やはり色よい返事はえられなかったと。二面にはウクライナ国境付近に展開しているロシア軍がより国境近くに移動しつつあるという観測情報もあり、本格的な侵攻の準備にはいっているのでは、と書かれてあった。

     *

(……)夕刊をみる。一面に、ロシア侵攻のおそれを受けて米国が在ウクライナ大使館を首都キエフから西部のリビウにうつしたと。情報をうばわれないように、機器や資料もいちぶ廃棄したもようだという。ロシア側は、セルゲイ・ラブロフ外相がプーチンとやりとりする映像を中継して公開。プーチンが、米欧はわれわれを際限のない交渉の網にひきいれようとしているだけではないのか、などといらだちをあらわにしたのに対し、ラブロフが米欧側と合意するチャンスはつねにあると進言し、協議の継続に了承を得た、というような内容らしい。もうひとつ、「世界史アップデート」を食後に部屋に持ってきて読んだ。第一次大戦開始の経緯について。日本では二次大戦にくらべてあまり注目されず、戦争開始の経緯を知らないひとも多いとあったがこちらもまさしくそうで、サラエボ事件があったことは知っていてもその意味合いは理解していなかった。一九世紀のヨーロッパでは列強がたがいに関係をもちながらバランスを取る体制がつづいていたのだが、ドイツが急激に工業化して領土拡張的な姿勢を見せはじめることでそれが崩れだす。またバルカン半島の国々はそれぞれ列強とむすびついていて不安定で、同地は「ヨーロッパの火薬庫」と呼ばれていた。そこにオーストリアが一九〇〇何年だったかわすれたが一九〇六年かそのくらいにボスニア・ヘルツェゴビナを併合し、しかし同地はセルビア人の割合がおおく、あるいは文化的なむすびつきがつよく、隣国セルビア編入をねらっていたところだったのでこの両国の関係が悪化する。そして一九一四年の六月(のたしか二八日だったとおもうが)にボスニアの首都サラエボをおとずれたオーストリア皇太子夫妻が、セルビア人の民族主義者青年に暗殺されることになり、これがサラエボ事件である。このあたりなんでオーストリアセルビアなの? ということをちっとも理解していなかったのだが、ここでようやく経緯を知った。オーストリアはドイツに許可を得てセルビアに宣戦布告。するとロシアはセルビア側に立ってドイツに布告。そして列強もおのおのくわわって大戦争に、というながれ。日本は一九〇一年だったか二年だったかに日英同盟をむすんでいるので、それを根拠に英国側、つまり連合国の側で参戦し、中国を舞台にドイツと戦い(膠州湾だったか?)、戦後はドイツがもっていた租借地や利権や南洋の島々をひきつぐかたちで手に入れていたはず。一次大戦中には女性が動員されたり軍の慰問に行ったりして、それが女性の社会進出の契機となり、大戦後には各国で女性の参政権が導入された、という歴史もあるらしい。

  • 断水でクソをしてもながせないからと最寄り駅まであるいて行っている。ちょっとおもしろい。

食後皿を洗い、風呂場にうつって浴槽をこすり、シャワーで泡をながそうとしたところで水が出なかった。水道の取っ手をまわしてみても手応えがまるでなく、さいしょはわずかに漏れていたけれどじきにそれもなくなった。こわれたものだとおもって取っ手を左右にいじってみたり押してみたりしたが駄目なので、風呂場を出て、水道がこわれたと母親につたえつつ、洗面所の水道をつかってバケツに水を汲んでながそうとしたところが、洗面所の水道も反応がなかったので、それで断水していると気づいた。母親がじきに、そういえばなんか知らせが来てたとおもいだし、居間のかたすみに埋もれていたものを引っ張り出してきたので見てみると、きょうの一時からはじまって五時までつづくとあったので、けっこうながいなとすこし困った。トイレに行けないのが面倒くさい。母親は、しょうがないからしたあとに薬缶の水でながせばいいと言ってじっさいそうしていたが、小便ならそれでよくても大便だとながれないだろうし、こちらは起床して飯を食ってしばらくすると便意をおぼえる習慣である。それで最寄り駅に行こうと決めた。お知らせのチラシには(……)から先と範囲があって、(……)駅は(……)なので範囲外である。風呂を洗うまえにすでにつくってしまっていた緑茶をもって帰室し、コンピューターを用意しつつそれをちびちびやったが、茶には利尿作用があって下腹部がうごめきはじめるのを感じたので、はやめに行っておいたほうがいいと判断し、二杯目をぜんぜん飲みきっていないそのとちゅうで出かけることにした。帰ってくるまでのあいだにぬるくなってしまうだろうがしかたがない。それで上階に行き、最寄り駅のトイレに行くというと母親はゲラゲラ笑っていたが、みじかい散歩にもなるのでじぶんとしてはわるくない機会である。ジャージにダウンジャケット、それなのに靴はどちらかといえば綺麗め寄りの茶色のものなのでへんな格好だが、かまわず出た。靴ももう何年も履いているやつなので新調したい。

空には雲が混ざっていて半端な天気ではあるものの陽射しはながれており空気はゆるくて穏和にかるい。道を行っているとカラスが一羽飛び立って、宙を横に、鷹揚にはばたきながれていくそのくちばしになにかくわえているのが見て取られた。首をまげてさきを追うと、カラスは我が家の屋根に着地していた。さらにすすめばまた道脇から、こんどは二羽の黒々としたすがたが飛び立って、こちらはさきの一羽よりもいくぶんすばやく、鳴き声も立てながら活発にくだっていった。うえの道に出るために林のなかをまっすぐとおる細い坂道に折れると、さきほど去ったものの一羽がもどってきたようにもおもえたが、またカラスが一匹、木の間にはいりこんできて枝に乗り、べつの枝にこまかく飛び移っていた。樹冠のしたをのぼっていっておもてに出ると北側にわたり、西をむけば正面から降ってくる薄光のなかを、やや目をほそめながらいそがず行く。空は雲混ざりで青さはかなり希釈されつつ淡い下地としてのこっているが、西の果てに固着してけむりのようになっているらしい雲のすがたはひとみを痛みなくひっかいて視界をかすませる縦方向のひかりの介入によってあまりよくみえなかった。

(……)に到着。トイレにひとはいなかった。断水の範囲からははずれているのだが、いちおう手洗いの水が出るか手をかざして確認し、また個室にはいってからも水がながれるかいちどボタンを押してチェックした。問題ないのでジャージとパンツをおろして冷たい便器に座り、クソを垂れる。クソをするのにわざわざ駅まで来ないと行けないというのも面倒なはなしだが、立ち小便は林のほうでできるにしても、野グソは経験があまりないし(というかいちどもないかもしれない。一回か二回あってもおかしくはない気がするが、あるとしてもいずれ子どものころである。立ち小便の記憶はたしょうあるけれど、野グソをしたおぼえはおもいあたらない)、やりづらい。うまいやりかたを知らないし、寒い。寒いというか露出した股間がスースーするのは駅のトイレもおなじだが。こんな時間からそとをあるいて、おもてをながれる車の音がひっきりなしにつたわってくる野外のトイレでクソを垂れるというのもふだんないことで、習慣からはずれているのでちょっと新鮮さがあった。

排泄をすませると来た道をもどる。出すものを出したので心身がおちついており、歩調もしぜんゆるくなって、休日に陽のしたをぶらぶらゆっくりあるくというのがやはりこの世でさいだいの贅沢だなあとおもった。自由とはそれだ。休みの日は、ほんとうはやはりあるくべきなのだ。勤務のある平日にあるいてもそこまでおもしろくはない。やはりきょういちにちは労働にでむかなくてもいいという精神の解放とともにだらだらあるくのがいちばんこころよい。そのここちよさをあじわいながら自宅までもどった。

  • 時間確認は九時三二分。そのまえに覚めてれいによってしばらく息を吐いたり、胸や腰や腕などをさすったりしていた。保育園にやってきておはようございますとあいさつしている子どもやおとなの声がいくらか聞こえていたのがだんだんなくなったので、九時くらいかなとはおもっていた。カーテンの上や端からもれでているあかるさが曇りのものなのか晴れのものなのかいまいちわからなかったが、あけてみれば青さの染みわたった晴れの日で、洗濯をするに限る。そういうわけで起き上がっていちど布団を抜けると、腕振り体操をすこしやり、用を足したりうがいをしたりしてから(きのうまた椅子についている状態で意識をうしなっており、気づけば四時をむかえていて、エアコンがそのあいだつきっぱなしだったので喉が乾燥してちょっとひりついていた)洗濯機を準備。ニトリのビニール袋に溜まっていた洗濯物はけっこうおおかったので、いっぺんに干すとたいへんだなとおもい、肌着とタオルをすこしのこした。そうして洗わせておき、寝床にもどってChromebookを手に取る。さいきんずっとつけっぱなしにしていてスリープから復帰させるとだいぶ重いので、いちど電源を落として再度起動させ、あらためてNotionをひらく。きょうの記事をつくっておき、ウェブをまわったあとに一年前の記事を読みかえした。休日だがそこそこいろいろ書いていてなかなか。
  • 床を正式にはなれるのは一一時になった。晴れなので座布団と枕を窓外に出しておき、布団をたたみあげて、洗い終えたものを干しにかかる。シーツももうだいぶ汚れているというか埃っぽくなっているとおもうのだが、なかなか洗う機会がもてない。きのうも風がつよかったがきょうもおなじ、ハンガーにつけたワイシャツを物干し棒に吊るそうと窓を通過させたその時点から南に向かって圧力がかかり、ピンチで棒に取りつければおおきくかたむいて四五度を容易に超える。その後また腕振り体操。すっきりする。背や腰もやわらかくなって、椅子にすわりながら背を伸ばしていてもわりとだいじょうぶになる。肌があきらかにほぐれてなめらかになっている。精神としてもなんだかおちつくような気がするのだが、そのへんリズム運動でセロトニンが出るとかいうのがほんとうなのかもしれない。セロトニン言説もいったいどこまでたしかなのか、ちょっとからだをうごかしたくらいで効果があるほど分泌されるものなのかわからないが。ただまあ目をつぶって前後に腕を振っていると、瞑想じみた感覚になってくるのはたしかにそうだ。なんかリラックス的な脳波になっているのかなという感じはある。ジャージのうえにダウンジャケットを着てやっているけれど、ファスナーをうえのほうまであげた状態だと腕や胸がうごきづらくなるから下げるのだが、あまり下げすぎてもこんどは腕を振っているあいだに脱げてしまうから適切な地点というものがある。ダウンジャケットを羽織った状態で腕を振るとその前後動におうじて服の生地がすれあう音が一定のリズムでくりかえされて共連れとなるので、目を閉じてそれを聞いていると余計に反復が強調されて、微妙にトランスめいた状態になってこないでもない。
  • 静止的瞑想ははぶいて食事へ。温野菜をスチームケースでこしらえる。キャベツ、大根、冷凍のウインナー、豆腐。いっぱいになった容器を左右から蓋でなんとか閉ざし、電子レンジへ。まわしているあいだはさきにまな板包丁などをかたづけたあと、ふたたび腕振り体操をおこなう。前後パターンではなくて左右に振ってからだをすこし回転させるかたちのものもやってみた。それはそれでよい。というか、肩甲骨あたりや腰の柔軟性、横方向の可動性をねらうなら回転方式も欠かさずやるべきなのかもしれない。電子レンジが終了のチンという音を立てるとやめて食い物を取り出し、ウェブをみながらの食事へ。温野菜を食べてしまうと容器はながしにもっていって汁を捨てて水をそそいでおき、椀に白米をよそって納豆ご飯も食べにかかる。その他バナナと、さくばんスーパーで買ってきたチーズタルトをデザートとして。電気ケトルで湯を沸かして、その白湯でもってヤクを一錠摂取し、ちびちび飲みつつ椅子にとどまった。どこかのタイミングで洗い物もかたづけている。パソコンを見ているあいだは椅子にあさくついて両の足首をつかんでまわしている。そうして食事から一時間くらい経ったので、そろそろ湯を浴びようかなというところだが腕振り体操のおかげでからだがやわらいでいるから文を書けそうな気がしていた。しかし書き出すまえにまたしばらくやっておき、そうしてきょうのことを記述。あいだに中断もはさんでここまで書けば二時四五分。手の先までほぐれているので書きやすい。
  • 現在九時一一分。ここまでで一〇日と一一日の記事を書き上げ、一二日分まで投稿。きのうのことはもう良いとおもうので、あとは一三日の月曜日ときょうのこと、また『氷上旅日記』についてきのう書けなかったことも書いておきたいのだけれど、きょうはそこそこ書いた感があるしこのあとはがんばらなくてもいいかな、というこころもちになってもきている(それでいったら二食目のために洗濯機のうえでキャベツを切っていた時点ですでに、きょうは洗濯もしたしいちおうもう文も書けたしわりといいなという満足感があったのだが、それはやはりからだがほぐれてこころがおちついていたということなのだろう)。打鍵しているとやはりまた背中の中心あたりがこごるし。こごってきたなとおもったら立ち上がってしばらく腕を振って全身をやわらげるという対処法を取っており、それもわるくない。きょうはだからあまり寝床に伏してごろごろしておらず、二食目を食べるまえにしばらくごろごろしたがいまのところ(朝をのぞいては)それだけだ。だからそろそろごろごろしても良いどころかむしろそうするべきですらあるのかもしれないが、しかし現実にはこうしていまだキーボードのうえに両手をふれさせ、ゆびを多方にうごかしてモニターにうつる薄黒い平面に白い文字を発生させている。じぶんが打鍵するとき、右手は比較的機動的で、手首付近がパソコン前部をはなれてちょっと浮きつつめざすキーに向かってゆびが飛ぶのだが、いま観察してみると左手のほうは手首をずっとパソコン前部に置いたままで、ある意味横着しており、もしかして手首を浮かせず固定的にしたままゆびだけをうごかして打鍵するこのやりかたが、左腕から背面までのこごりをからだに定着させてしまったのか? 右手は浮遊しながらうごくからその固化からまぬがれていたのか? 知ったことではない。とはいえ左半身のこごりは堅固なもので、五時くらいに二食目を取ったあとしばらくはずいぶんピリピリしていた。エネルギーと熱を摂取することで体内のながれがはやまって、そのぶん神経も刺激されるのだろうか。しかしいっぽうで一時間くらい経つとかなりおさまるようにはなった印象。ピリピリしているあいだは心臓のはたらきもけっこうはやくなっていて、鼓動の感触が胸につたわってくるのだけれど、だからといって苦しかったり不安だったりもしない。二食目は変わらず温野菜と米と納豆である。米は尽きたので釜は水に漬けたままいまもながしにある。このあとあたらしく炊き、また煮込みうどんもひさしぶりにつくりたいとはおもっている。二食目のあとはしばらく休んでから、そろそろ活動したいがしかしもうすこしという身体感覚だったので、ながらくサボっていたアイロン掛けをした。ワイシャツはいま無地の白いやつが二枚あるのをつかいまわしており、それがアイロン(というかハンドスチーマーなのだが)をかけなくても皺がほぼ目立たないやつなので、枕と壁のあいだに置いてある器具を持ち出す必要がなく、ほかにハンカチとか私服のシャツとかかけなければならないものがあってもなまけて放置していたのだ。それでハンカチ二枚と薄紫がかった三枚目のワイシャツと、私服のシャツのうちGLOBAL WORKのカラフルなやつを処理した。私服もいちまいかけておいたのは一八日に読書会があって出かけるので、きょうかけておいたほうがよいだろうと見越してのことだ(あしたあさっては勤務があるので)。アイロンはながらく放置されていただけあって、あたらしく替えた水を入れてスチームを出してみると、座布団のうえで確認したときはだいじょうぶだったのにハンカチにふれさせると塩の粒みたいな白い粉があらわれて付着し、しかし布地にこびりついたりはせず、スチームとともに出てきたはずなのにわりと乾いていて、はらえば落ちるものだったので助かった。その後日記をいちど書き出したのだけれど、背面のこごりのために立って腕を振っているあいだにギターをいじりたいなという欲求が湧き、しかしすでに時刻は八時すぎ、どれくらい聞こえているのかわからないがまわりをはばかって迷うのだが(隣は空き室だしおなじ階は隣々室まで届かないのではないかとおもうが、真上の部屋にはさすがに聞こえているとおもう)、まあ九時くらいまではゆるされるかなというわけで、みじかく遊んだ。さいしょちょっとてきとうにやって感触をたしかめてから携帯でボイスレコーダーをひらいてボタンを押す。きょうはめずらしくAではなくてCからはじめて似非ブルースをしばらくやり、しかしあまりうまくできず、なし崩し的にフリーにながれて、しばらくやったあと気づけばまたCにもどってしまい、そのまま終了。一〇分ほどでふだんよりみじかい。ミスしまくりだった。しかしそのくらいの気楽さラフさでみじかいのを日々録っていくのもよいかもしれない。このあとnoteにアップロードしておこう。もうドライブには送ってあるので。した(https://note.com/diary20210704/n/n30cb1edca981(https://note.com/diary20210704/n/n30cb1edca981))。
  • そういえばウェブをみているときにふとおもったのだけれど、今後、地球温暖化や気候変動が国家同士の戦争の理由になることもあるのかなと。気候変動への対策は人類の存亡がかかった全地球的に最重要の大問題であるという状況のなかで、仮にその解決に向けた取り組みをぜんぜんやろうとしない国家があったとして、それは世界と人類の存続にたいする害悪でしかないから打倒してしまえ、という理屈で。さすがにそんなに極論的なことになるとはおもわないので、これは今後の現実の可能性をかんがえるというよりはフィクショナルな思考といったほうがよいかもしれないが、そこでいわば「大義」をになう戦争主体としては、漠然とアメリカみたいな大国が想定されていたのだけれど、いま現実にはむしろ批判を受け責任を課せられているのはわれらが日本もふくめた先進経済諸国のほうであり、「大義」をもっているのはいわゆる発展途上国(ということばももう死語にするべきでは? という気もするのだが)のほうだということになる。そして先進諸国もみずからに向けられる批判や責任履行の要求を、ある程度いじょうみとめているとおもうけれど、仮にそんなん知ったこっちゃねえという態度の国が出てきてちからを持ったばあいに、発展途上国やそのほかの国はいわば(世界ぜんたいや自国の)存続を賭けた「反乱」の契機をえるわけだ。こうなるとほとんど漫画の筋だが、しかし世界がまるで漫画化したようだという感慨は(……)さんなんかもここ数年たびたびもらしているし、ジャイール・ボルソナーロみたいなにんげんが大統領となっていた一事を取っても、こうしたフィクショナルな思考がかんぜんに荒唐無稽とはいえなくなってきているのかもしれない。ところで地球温暖化や気候変動をテーマにした小説や文学作品はほとんどないというはなしをいぜんGuardianで瞥見したことがある。もしかするとひろく環境問題じたいがむかしから小説や文学でとりあげられる機会はかなりとぼしかったのかもしれず、だとすれば水俣病をあつかった石牟礼道子の『苦海浄土』はその点で先駆的であり、重要な作品だということになるのかもしれない(読んだことがないし、水俣病を題材にしたということしか知らないのだが)。環境問題方面だとレイチェル・カーソンなんかも読んでみたいのだが。
  • ヴェルナー・ヘルツォークの『氷上旅日記』についてだけれど、読んでいて気づいたことに、あるくじぶんがものにたいして通り過ぎるのではなく、事物のほうが主語となって通り過ぎていくという言い方が、36ページまでの範囲で二度出てきているのだ。ひとつは17ページ、「森のホテルが横を通り過ぎる」。もうひとつは翌18の、「ガードレールが脇を通り過ぎていき、頭上には電線がある」。ちなみにそれいぜん、15にも「若い農夫の乗ったバイクが何台も、けたたましい音を立てて通り過ぎる」とあるが、このばあいは通り過ぎるのはうごくものになっているので、事態としても言明としてもひっかかりのない、順当な認識になっている。それにたいして「森のホテル」と「ガードレール」はみずからうごくことのない事物であり、それが話者にたいして通り過ぎていくので、主体と対象の位置が一般的な認識とは逆転している(そしてここまでの範囲で、話者が主語となってなにかにたいして通り過ぎるという言い方はおそらく出てきていなかったとおもう)。とはいえあるくものが外界にたいして通り過ぎるのと、世界のほうがあるくじぶんにたいして通り過ぎていくのとは、もちろんおなじひとつの事態の両面であり、なおかつこちらの体感だと、じぶんがあるいているあいだ周囲の空間やものたちがつぎつぎとこちらを通り過ぎていくというほうが、より実感に即しているようにもおもえる。あるく行為のなかで歩行者は、絶えずうごきつづけているものでありながら同時につねに定点化しており、うごく定位相という語義矛盾的なありかたの周囲で、じぶんではなく世界のほうが総体として通過していくかにみえる。すくなくとも歩行という行為のなかに、そうした主客の逆転するような位相がふくまれているのはたしかなことで、うえのふたつのみじかい言及はあるくことのその側面をささやかにうつしとっていると言えるだろうが、さらにじぶんが感じたのは、この本の文章じたいがそのような、話者あるいは書き手にたいしてつぎつぎと通り過ぎていくうごきとして書かれているということだ。さきの主客逆転例に気づいたあとに、そうしたことをおもったのは、たとえばつぎの一段落だ。

 昨夜はバウアーバッハのとある藁の納屋で寝た。階下は牛小屋として使われていて、地面はどろどろで、踏み跡だらけだった。二階はまずまずだったが、ただひとつ、明かりがほしかった。夜は長く感じられたが、充分に暖かかった。外を見ると、雲が低く、動きが速い。荒れ模様で、何もかも灰色。トラクターは、充分に明るいのに、ライトをつけている。百歩ほど先の道路脇に、十字架像と小さなベンチがある。背後で太陽がのぼる。でもこれは何という日の出だろう。まず雲にほんのわずかな裂け目が生じた。そう、これはまさに、戦いの日にのぼる血にそまった太陽だ。痩せた、葉のないポプラの木。カラスが、羽根の四分の一を失ったのに、飛んでいる。きっと雨が降るんだ。ぼくのまわりの草はきれいで乾燥しているが、ひどい風をうけて揺れている。ベンチのすぐ前の耕地に、トラクターの通った跡がある。死んだように静まり返った村、仕事はおわったといった様子で、もう目をさましたくないといっているようだ。両足、とくに右のかかとに、マメができかかっているらしい。靴をはくとき、とても注意しなければならない。是が非でもシュヴァープミュンヘンにはたどり着かなくてはならない。絆創膏とお金を手に入れなければならないからだ。雲がぼくをめがけて飛んでくる。雨で畑が何と重くなっていることか。うしろの方で、危険をさとって、農家の七面鳥がわめいている。
 (ヴェルナー・ヘルツォーク/藤川芳朗訳『氷上旅日記 ミュンヘン―パリを歩いて』(白水社、二〇二二年/新装版)、27~28)

  • はじまってしばらくはとくに変哲のない書き方に見えるかもしれないし、後半もそうかもしれない。ただこの一段のなかでじぶんにひっかかってきたのは「そう、これはまさに、戦いの日にのぼる血にそまった太陽だ」から「痩せた、葉のないポプラの木」への転換である。太陽については四つの文が割り当てられているが、そのさいごでなんだかずいぶん大仰なことを言ったなとおもったら、それいじょう掘り下げず、ことばを足さず、イメージをやすやすと捨ててつぎの「ポプラの木」に行っている。ここを読んだときに、執着がない文章だとおもったのだ。なにかについてあまり詳細にことばをついやさず、未練なく対象を捨ててどんどんつぎのものへとうつろっていく文章。それは逆からみれば、書き手の書くおこないの周囲を対象たちがたまさか拾われながらつぎつぎと通り過ぎていくということだ。事物列挙的な部分をふくむつぎの段落のほうが、むしろわかりやすくそうしたありかたをしているかもしれない。

 クロスターレヒフェルトの手前。見たかぎりでは、レッヒ川は橋がなくても充分渡れそうだ。この地形はカナダを思い出させる。兵舎、波形トタンの宿舎の兵隊たち、第二次世界大戦のときの防空壕。ほんの一メートル先で、キジが飛び立つ。ドラム缶で何か燃えている。使われなくなったバス停、さまざまな色のチョークの、子供の落書き。波形のプラスチックの壁の一部が、風に揺れて音をたてている。そこに、明日停電、という通知が貼ってあるが、見渡しても、周囲百メートル以内には、電線も何も見えない。雨、トラクター。車は今もライトをつけたままだ。
 (28~29)

  • 「この地形はカナダを思い出させる。兵舎、波形トタンの宿舎の兵隊たち、第二次世界大戦のときの防空壕」も不思議な一節ではあり、さいしょは従軍のときの記憶なのかとおもったのだが、ヘルツォークは一九四二年の生まれだから第二次世界大戦に参戦した経験をもつはずがない。そもそもかんがえてみればカナダは戦場になっていないのではないか? だからまず想起された「カナダ」と「第二次世界大戦のときの防空壕」は関係がないのかもしれない。思い出された「カナダ」と「兵舎」や「防空壕」がつながっているとして、つまりヘルツォークがカナダでそうした場所をみたことがあるのだとして、それがいつの記憶なのかは語られない。双方のあいだに関係がないのだとして、「兵舎」や「防空壕」への言及が具体的になにを意味するのか、現実の記憶なのかなにかの連想なのか漠然としたイメージなのか、その点もあきらかでない(とおもったが、読みかえしてみて、ふつうにかんがえれば「第二次世界大戦のときの防空壕」は、ドイツは空爆されていたのだから、あるいていていま目のまえにあらわれたものだろうとおもいなおした。とはいえ、やはりそれを確定する材料もなく、「兵舎」や「防空壕」がこのときそこにじっさいに存在していたものなのか、記憶かなにかなのかはあきらかでない)。きのう書いたとおり、説明の不足している文章なのだ。それは旅のあいだのメモ的な手記として書かれたという事情から来る特徴だろうが、説明の不足や飛躍、連結の欠如、要素のあいだにすきまがあり、おのおのの独立性が高いように感じられること(つまりひとことで断片性と言ってしまっても良いのかもしれないが、ただしこの文章のそれはすこし特殊な断片性ではないか)、これらもまた続々とした通過感覚に寄与しつうじるものだとおもうが、「防空壕」ののち、段落のさいごまでつぎつぎと並べられたものたちのあらわれにそれがはっきりと表出しているのではないか。列挙されたこれらのものたちは互いにほぼ関係を持たず、前後で連結しておらず、それぞれ独立した一個の事物として書かれ、存在している。しかもそれが総体としてゆるい統合をなしてひとつの空間を明確に表象しているという感じでもない。ただ通り過ぎていくものたちなのだ。そして文章がそのような通過感覚をになうのは、じっさいにあるいているあいだのことを書くときにかぎらない。一所にとどまっているときの時空や、記憶や連想やイメージなどすべてをふくめて文の基調がそうなっているのであり、だからこの本の記述はあるくあいだの時間を描くと同時に、記述じたいがそこで生じるのと類似の感覚をうつしとり、表出している。あるくことを対象としながらまた、文章じたいがことばと事物のあいだをみずからあるいてみせているかのようであり、そういうかたちで歩行という運動の様相を表現しているのだ。
  • さくばんスーパーに行ったときにひさしぶりに鶏白湯のスープを買ってきたので、それで煮込みうどんをこしらえた。キノコやら野菜を切って投入し、最弱の火で煮込んでいるあいだ寝床で少々休息。それからうえの感想を書くのにけっこう時間がかかってしまい、あいまにうどんを完成させたのだが(あと米も炊いた)、三食目を取るのが零時四〇分過ぎになってしまった。食後一時間ほどはウェブをみたり歯磨きしたり洗い物したりして時をつぶし、それからさきほどまた腕振り体操をおこなった。そのあいまに詩片をあたまのなかにめぐらし、きのうきょうで細部を検討したりマイナーチェンジしたりしていたのだが、あとはこの二箇所かなとなっていた部分にこれでいいのではないかということばをおもいついたので(いちおう埋まってはいたのだが、まだもうちょいなんかあるだろうという感じだったのだ)、腕振りを止めたあとに変更してさいしょからさいごまで口に出して(無声音だが)読んでみると、完成として良いんではないかとなった。六作目にあたる。

  BPM 94

 堂々巡りの噂話に
 あの子があくびをしている夜は
 身のほど知らずの予言でいっぱい
 危険も時計も見えなくなって
 神さま気取りの誘惑者たちは
 煙草とお酒を内臓に詰め
 ライブハウスは楽園を真似て
 朝焼けが来てもふるえ続ける

 退屈な嫉妬
 回復してきょうも
 こころばかりが汗ばみだして
 からだは夏でもいつも冷え冷え
 エアコンの風はたぶんおそらく
 毛細管にはよくないのでしょう
 小指の先がしびれるまえに
 未知のコードを開発しなきゃ

 夜道では
 月じゃなく
 火星ばかりに目が行って
 梅の花
 とよく似た香りの
 あの子の歌なんて思い出したり
 決定的な別れもないまま
 ひとは大人になれてしまうし
 セミがシューシュー鳴いてたことも
 二ヶ月後には忘却の川

  電波塔 のうえから見たら
  街はきっ とはがゆさに似て
 正論暴論 詭弁強弁
 なんでもござれのそうぞうしさよ
  高いところが好きだといって
 煙になっ たつもりはないし
  まして天使を気取りたいなら
 だれにも聞けないことばが足りない

 ブルース
 ロック
 ファンク
 フリー ジャズ
 アール アンド ビー から
 ’65年のヒット曲まで
 歌いたい 胃がいたい
 すがりたい 不甲斐ない
 不快な愛 つらい出会い
 苦海深い 愉快な灰
 
 十字路で
 すれちがいを
 くりかえすことにはみんな長けてる
 八月の
 夜風には
 眠るあの子の熱が溶けてる
 革命家たちの迷走神経は
  ズタッ ズタッ とやられて
 紙風船より軽い命を
 持てあまし族のさまよいだらけ

 スニーカーの紐が乾かないこと
 ツイッターの嘘がバズらないこと
 プリンターの蓋が閉まらないこと
 フリーターのままでかまわないこと
 アコギのチューニングはいつも
 微妙 にうねって決まりきらない
 五弦と二弦のあいだの二本で
 すべての悩みを網羅したいね

 堂々巡りの噂話に
 あの子があくびをしている夜の
 裏側にいつも奇跡はあるが
 人見知りだからあつまってこない
 神さま気取りの誘惑者たちは
 愚鈍を競って金をふり撒き
 ライブハウスに夕焼けはない
 明日の天気を知らないために

 堂々巡りの噂話に
 あの子のあくびも尽きてしまって
 惰性でやってる曲のあいだに
 鼻歌混じりのバイバイが来る
 神さま気取りの誘惑者たちは
 嘘つきの顔を隠さなくなり
 ライブハウスは廃墟となっても
 夜のまんなか踊りつづける


―――――

  • 日記読み: 2022/2/15, Tue.