2023/3/31, Fri.

 さて、世界とはそれ自体、ある意味で自らの記録保存庫 [アーカイブ] である――そして地上のあらゆる有機物および無機物は、とてつもなく巨大で長い時間に及ぶ書き込みシステムによる、過去の経験から教訓と(end20)結論を導き出そうとする無数の試みの記録であり、分類学とは、多様な生物の混乱した記録保存庫 [アーカイブ] を見出し語の下に整理し、進化の系統のほとんど無限の混沌に一見客観的な構造を与えようとする事後の試みに他ならない。この記録保存庫 [アーカイブ] においては基本的に何も失われない。なぜならそのエネルギー量は不変であり、すべてのものはどこかにその痕跡を残すように見えるからである。ジークムント・フロイトの、夢や考えられたことが本当に忘れられることはないという、エネルギー保存の法則を思い起こさせる驚くべき言葉が真実であるなら、人間の記憶という腐葉土の中から、考古学の発掘に似ていなくもない努力によって、過去のさまざまな体験――受け継いだトラウマ、ある詩の中の互いに脈絡のない二つの行、幼い頃に雷雨の夜に感じた影のような胸苦しさ、ポルノ的な恐怖写真――を骨や化石や粘土の破片と同じように掘り起こすことができるだけでなく、その痕跡を探し始めさえすれば、数えきれないほど多くの滅亡した種の営みもまた冥界からふたたび連れ戻すことができよう。そして真実もまた、抑圧されたり削除されたり、または過誤行為へと変えられたり忘却に委ねられたりしたものも含めて、否定されることはなく、つねにその場に存在しつづけるだろう。
 だが、物理法則は限定的にしか慰めにならない。というのは、有限性に対する変化の勝利を謳うエネルギー保存の法則は、ほとんどの変化の過程が不可逆であることを言わないからである。燃やされた芸術作品の熱が何の役に立つだろうか。その灰の中にはもはや驚嘆に値するものなど見つからないだろう。かつての無声映画のフィルムから銀を取り除いた材料で作られたビリヤードの玉は、緑色のフェルト張りの台の上を無感動に転がっていく。最後のステラー海牛 [カイギュウ] の肉は、あっという間に消化された。
 確かに、すべての生命と創造にとって、その滅亡は存在の条件である。当然ながらすべてのものが分解・腐敗し、殲滅・破壊されて消滅するまでは、時間の問題にすぎない。大災害のおかげで存在を救われた過去の証にしても同様である。長い間解読されなかった、絵文字 [ピクトグラム] 的な古いギリシャ語の音節(end21)文字である線文字Bの唯一の記録は、紀元前一三八〇年頃にクノッソス宮殿を破壊した大火が、宮廷の収入と支出が記された何千枚もの粘土板を同時に焼き固め、伝承に耐える状態にしたことによってのみ保存された。ヴェスヴィオ火山の噴火の際に生き埋めになったポンペイの人や獣の石膏像は、その死体が腐敗した後、冷えて固まった岩の中に残した空洞に石膏を流し込んで作られたものだ。また、ヒロシマの家々の壁や道路に残された幽霊写真のような黒い影は、原子爆弾によって蒸発した人々の名残だ。
 (ユーディット・シャランスキー/細井直子訳『失われたいくつかの物の目録』(河出書房新社、二〇二〇年)、20~22; 「緒言」)



  • 一年前から。ニュース。

(……)食卓について新聞の一面を読みながら食事を取った。三〇日の停戦協議でウクライナは米英、ポーランドや中国などもまじえた安全保証の枠組みを提案し、ロシアはそれを評価してキエフやチェルニヒウ周辺での軍事行動を縮小すると表明していたのだが、どちらの地域でもまだ攻撃はつづいていると。チェルニヒウでは一晩中空爆がおこなわれていたらしい。まだまだ状況のさきはながいようす。国連難民高等弁務官事務所(UNHCR)によればウクライナ難民は四〇〇万人に達し、当初の予想をかなり上回るペースと数で増加していると。主要な受け入れ国としてはポーランドが二三四万人、次いでルーマニアが六一万人、ハンガリーが三〇万人くらいだったか。モルドヴァは人口の一割ほどにあたる数の難民が流入したといい、外務大臣だったかが、受け入れる余力はあと三万人程度もない、二一世紀の欧州で氷点下に難民キャンプをつくらなければならないという事態にはなってほしくない、と言明したらしい。

Russian authorities have arrested a US journalist working in the country and accused him of espionage, a charge that could carry a prison sentence of up to 20 years. Evan Gershkovich, a well-respected reporter from the Wall Street Journal, was detained on Wednesday during a reporting trip to the Urals city of Ekaterinburg.

The US is “deeply concerned” over Gershkovich’s detention. The state department “has been in direct touch” with the Russian government over the the journalist’s detention, “including actively working to secure consular access” for him, the White House confirmed.

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Turkey’s parliament approved a bill on Thursday to allow Finland to join Nato, clearing the way for the country to become part of the western defence alliance as war rages in Ukraine. The Turkish parliament was the last among the 30 members of the alliance to ratify Finland’s membership after Hungary’s legislature approved a similar bill earlier this week.

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Vladimir Putin has signed a decree to call up 147,000 Russian citizens for statutory military service as part of the country’s spring conscription campaign, Russian state media reported. The Russian leader last signed a routine conscription campaign in September, calling up 120,000 citizens for statutory service, the state-run Tass news agency said.

Russian authorities are preparing to launch a significant recruitment campaign aimed at signing up 400,000 new troops to fight in Ukraine, the UK Ministry of Defence said in its latest intelligence update, citing Russian media. Moscow was presenting the campaign “as a drive for volunteer, professional personnel, rather than a new, mandatory mobilisation”, it said, adding that in practice regional authorities might try to coerce men to join up. “It is highly unlikely that the campaign will attract 400,000 genuine volunteers,” it said.

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A Russian man who fled house arrest after being sentenced to jail for discrediting Russia in social media posts, following an investigation prompted by his daughter’s anti-war drawings, was arrested in Belarus, his lawyer said. Alexei Moskalyov, 54, was sentenced to two years for his criticism of Kremlin policies in social media posts. Police investigated him after his 13-year-old daughter, Maria, refused to participate in a patriotic class at her school and made drawings showing rockets being fired at a family standing under a Ukrainian flag and another that said “Glory to Ukraine!”.

  • いまもうすでに日付替わりも済んで四月一日の午前一時。きょうはよくあるいた。労働だったので二時四五分くらいに出たのだけれど、天気は陽射しのない曇天とはいえ白い雲海のなかに太陽のすがたが埋まってそこだけ吸いこまれたようになるくらいだから暗くはなく、気温も高くて昨冬以来はじめてモッズコートを羽織らずジャケットすがたを取ることになり、(……)駅まであるくあいだにああやっぱりあるくのはきもちがいいなと、ここ数日籠もっていたからなおさらそう感じたのかもしれないが、安穏とした快楽をえたのでそのときから帰路もあるこうとこころが決まっていたのだ。それでじっさい勤務を終えて九時ごろに(……)駅までもどってくるとそこからまたあるいた。ひさかたぶりの(……)通りである。できればスーパーに寄りたいとおもいつつもそうするだけの体力があるかあやぶんでいたのだが、ふつうに寄って買い物をし、上体をうしろに引っ張る重たいリュックサックとたいして重くはないビニール袋をともなって帰るくらいの気力があった。アパートに着いたのはちょうど一〇時ごろだっただろう。そこからすこしやすんで一一時にくらいには食事を取り(きのうつくった味噌汁と米のあまりに納豆と、職場からもらってきた煎餅やチョコ)、その後洗い物をしたり歯をみがいたりしてからまたあるきに出たのだ。行きで三五分、帰りでスーパーはのぞいてもやはり四〇分くらい、夕食後は周辺を二〇分そこらまわっていたとおもうから、きょういちにちで一時間半くらいはあるいたことになる。職場でも立っている時間も相応にあるのでそこそこうごいたと言ってよいだろう。あるくことの純粋な快と自由をひさしぶりにかんじた三月の終いだった。それでやっぱりいちにち部屋に籠もってうごかないのはからだにもあたまにもよくない、毎日かならずそとに出ていくらかはあるく生にしたい、いっそ食事を取ったらそのたびあるきに出る習慣にすればいいのでは? などとおもったが、この熱はどうせきょうかぎりであしたには冷めているだろうし、かりにつづくとしてもせいぜいあさって日曜くらいまでだなと見込んでいる。まえにもおなじようなことはかんがえているわけだし。しかし、食後の散歩の習慣化はともかくとしても、毎日かならずいちどはそとに出てあるくというのは健康のためになんとか身につけたいところだ。


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  • 日記読み: 2022/3/31, Thu.
  • 「ことば」: 1 - 3