2017/2/7, Tue.

 往路、濡れたような薄暗い夕刻。下部の欠けて岩石めいた薄白い月が、凪いだ夕青の空に浮いており、頬紅のような暈も殊更に広がらずうっすらとその周囲を彩っている。空気はよく動いて、風が耳元でばたばたと音を立てる。

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 帰路、裏通りの空気は相変わらずよく動くが、そのなかに耳をざらつかせる冷たさがないのが、冬の通過と春の近づきを感じさせるようでもある。月はあまり位置が変わってはいないが、夕方よりも随分と高く、ほとんど天頂と言うべき奥処に掛かってそこが空の中心のようである。

2017/2/6, Mon.

 朝には陽射しが寝床に入って来ていたが、家を発った一一時台には薄暗いほどの曇りになっており、玄関を抜けた時から雨の気配も嗅ぎ取られ、懸念された――実際、一〇分ほどしてから、往路を行っているあいだに散るものが始まったのだが、ひどく微かで、服の上に染みも残さない程度に留まった。街道に出る前に、ガードレールの向こうの斜面に生えている紅梅はどうかと、ちょっと向かい合ってみると、途端に突風がうねって、白い薄片がいくつも正面から流れてくる。粉雪めいたそれは当然、梅の花の欠片で、木に寄り集まっているとピンク色が凝縮されて明らかだが、一枚ごとに離れて空中を流れると、紅の色合いは思いのほかに仄かで、目を凝らさないと白梅のそれと見紛うようだった。風の強い日で、老人ホームの脇に並んだ旗がどれもばたばたと、激しく音を立てて身じろぎするほどで、加えて鉛色の空気ではあるが、気温は高めで、風が肌に当たって来ても寒くも何ともない。

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 裏通りを行っている途中の道端で、雀が何匹か溜まっているのに出くわした。狭く、何もない地面を枯芝のような草が中途半端に覆っているだけの、敷地から除け者にされたようなちょっとした空き地で、塀に接しているそこにはなぜだか雀がよく集まっているのを見かける。随分と近くにいるものだから、眺めたいと思って足を止めたところが、すると一秒くらいしか置かないうちに、やはり人間の巨体が停まったことで警戒があるのだろう、小鳥はみな一斉に、塀の上に飛び移ってしまい、距離を取りながらこちらのことを見据えるような雰囲気だった。そうされてはふたたび足を進めるよりほかはない。

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 書店を出ると、陽射しが地に激しく反射して、純白に固まっているのが瞳を急襲した。こごっていた雲が晴れて、背の高い建物らの先に青空が見えはじめていた。

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 六時過ぎだったかと思う。代々木から新宿に向かって歩いて行き、踏切の脇から高架通路へと階段を上って行くと、淡桃色の光が視界に現れた。通路の左右に並んでいる木々に一面、電飾が取り付けられているのだ。裸になった木は幹から枝先まで、隙間もほとんどなくその人工花に覆われて、木の形を少々厚くしながら象られており、そのさまは突き立った珊瑚のようにも映った。葉のついているものも同様に装飾されており、こちらは風に吹かれると応じて枝葉が揺れるのに、両生類の卵のような丸々とした光も同調して動き、その時だけ集合体として固化していた電飾群から一列の連なりが分化して、曲線としての形を露わに撓ませてみせるのが心憎いようだった。新宿駅の目前までその回廊は続いて、薄闇を華やかに明るませており、あたりには携帯電話を構えている人も見られ、歩いているあいだ、本当に綺麗、とその輝きを賞賛する女性の声も背後に聞かれた。

2017/2/4, Sat.

 料理の途中、洗い物をしていた時だったと思うが、玄関の方から父親が母親のことを呼んだ。呼んでいると、その声を仲介して、居間の卓に就いていた母親に知らせてやると、続けて父親は、ごみ袋はあるかとか何とか訊いて、出ていった母親と話していたのだが、その言葉の輪郭が、身体を動かして――何をやっていたのか正確には知らないが、いつものように畑仕事や、また家の付近のがらくた類の片付けでもしていたのではないか――疲れていたとすればそれもあってか、何となく歳の行った人の、口のなかや周囲の肉が回りきらなくなった発語の撓みを覚えさせて、そう認識すると先ほどの、最初の呼び声も何だか弱々しく響いていたような気もしてきて、姿を見ずとも、背後から届くその声でもってと、こういう形で父親の老いの断片を知らされることになるのが、一つの小さな驚きのようでもあった。

2017/2/2, Thu.

 母親と墓参りへ。玄関を出ると、身を取り囲んで肌に触れる空気に幾許かの冷たさがある。大気のその「辛さ」が、淡青の空の澄明さを対比的に強める感じのする、輝かしいような日である。

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 駅で叔母を拾って寺へ。我が家の墓所の前まで来ると、こちらは毛先の歪んだ箒を使ってそのあたりを掃き、落葉などを塵取りへ取り入れた。叔母が花受けを洗いに行っているあいだに作業を止めて墓所に正面から向かい合っていると、台に小池のようにひらいた水受けに溜まったものの反映が、墓石の表面に揺蕩っているのがかすかに見える。その前に置かれた小社めいた形の石の器のなかでは、前回に参った時に供えたらしい線香が、色褪せている――もともとその色だったのか、それともよくある濃緑のものが風化して色を剝がされたのか、くすんだ鴇色とも言うべき、着物を思わせるような色合いだった。風が流れて、周囲のあちこちで卒塔婆が触れ合って、かたかたと鳴りが立つ。三人でそれぞれに線香を供えると、社の大きくひらいた口から煙が朦々と吐き出されて大気中に散らされて行く。母親と叔母は大して拝んだ素振りもなかったが、こちらは手を合わせると、いつも通り、金と健康と時間とを願った――何度も繰り返し頭のなかで唱えたので、随分と長いあいだ両の掌を貼り合わせたままだった。墓所をあとにしようというところで、女性二人が、梅がもう咲いていると言ったが、墓地の際に立ったその二本の方を向いても、光をはらんで背景にひらいた薄水色の空が、明るすぎて目が眩み、花が点いているかどうかなど見分けられなかった。出口に向かうあいだに見えた木は、白が灯っているのが確かに見留められて、そのなかに黄を仄かにくゆらせていた。

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 池に近づいて縁に立ったが、鯉は中ほどに浮かんだ小島の下の深みに引っこんで、姿を慎ましく見え隠れさせるのみで、一向に出てこなかった。なかに一匹、明るく透くような黄色のものがいて、水中を斜めに貫き射している陽のなかにそれが入ると、色がより一層強くなって、艶に美しかった。

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 帰路、裏通りに入ると、肌に触れるものが朝と同じく、なかなかに冷えている。普段なら意に介さずに受けて進むところだが、この日はこの週の労働も終わりで気分がひらいていたのか、温かいものでも飲みたいという気になって、一〇〇円のものばかり売っている自販機に寄った。ココアを買って、熱された缶を両手で包み、また頬や耳のあたりに当てながらちょっと歩き、途中で、特にきっかけもなく道端に立ち止まって飲んだ。一口目は熱の塊が、空の胃に入っていって圧を生む様子が面白いようにわかるが、続けて飲み進める液体の感覚は、既に広がった温かな膜のなかに紛れて識別しがたくなるのが物足りないようでもあった。空になると缶は途端に冷えはじめて、それをつまんだ左手の掌がひりつくようだった。月は前日、ちょうど笑みのように下向きに孤を描いて細かったのが、少々厚みを増して、船くらいになっており、色も前夜は赤みが香ったのが、薄く明るく冴えていた。左右の家々が静まって窓に薄明かりのみ貼られ、対向者も後続者もいない動きのなさのなかで、風が吹き付けるわけではないが路上の空気は常に細かく動きやまず、肌を擦っても熱をもたらしてはくれず、ただ冷たさのみが置かれて行くのだった。

2017/2/1, Wed.

 朝食中、窓外の、川向こうの集落から弱やかな煙が湧き、漂っている。薄青いそれがなくとも、光の膜に籠められた山の姿は、それ自体でやはり青く煙ったようになっている――と思いながら、いつだったかまだそれほど経っていないはずだが、前の日記にも同じことを書いたなと記憶の刺激があった。何を燃やしているのか、どこかの家で枯葉でも処理しているのか知らないが、窓外の風景のなかに煙が立ち、山影と重なるのを見るといつも、眺望に牧歌的なニュアンス――まさしく「ニュアンス」――が付与されるのを感じる。山と言っても大した高さではなく、むしろ高めの丘と言ったほうが良いかもしれないくらいのもので、麓はひらけているわけでもなく家屋根が平板に並んでおり、「牧」という字が喚起させる広い空間などなく、勿論動物の姿も見えないのだが、薄青い煙の流れるさまがこちらのなかで、よほど「牧歌的」という語から想起されるイメージと結びついているのだろう。降る光にどこもかしこも明るくなっているが、並ぶ家屋のなかで、小屋か何かのものだろうかこちらを向いた片屋根が、最も光を吸収し溜めて輝かしく発光し、小さな長方形が視界のなかで一際浮き立っていた。

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 昼食時、同じ風景を見やるが、先の際立ち輝いていた屋根がどれなのか、もう正確にはわからない。光は角度を変えて、山も朝にはあれほど青く煙っていたのが、いまは乾いて、緑や、裸木や土肌(一画、木の伐られてひらいた斜面があるのだ)の、どちらかと言えば赤みを含むような褐色が明るんでいる。

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 往路、街道に出る前で、車がこちらの道に入ってくるのを見て脇に避けたところで、すぐ背後に接したガードレールの裏の斜面には、そう言えば梅が生えているではないかと想起されて、首を曲げてみれば、やはりもう薄紅色が全面に灯っている――とは言え、まだ咲きひらいてはおらず、蕾の丸みの感覚が所々に強かったが。

2017/1/31, Tue.

 ベランダに出ると、大層風が吹いて大気をかき回したらしく、竿に吊るされているはずのシャツやらタオルやらがぐしゃぐしゃに乱れていくつも地に落ちていた。それを拾って再度吊るし、ほかのものから取りこんでいるあいだに、また強風が素早く抜けて、いま吊るしたものがまた落ちている。春めく陽気も手伝って春一番のようなと、まだ一月の終わりで無論違うとわかってはいるが、洗濯物をすべて室内に入れるまで、四月あたりを先取りしたような錯覚が抜けきらなかった。

2017/1/30, Mon.

 発ったのは四時頃だった。玄関を出ると、すぐ傍らの家壁が妙に明るいように、クリーム色に艶が出ているように一瞬映ったのは、我が家は北向きで正面は蔭を帯びているから目の錯覚のようでもあったが、実際、ひどく明るくまた、暖かい日だった――予報では、最高気温が二〇度だと言った。その暖気に誘われて姿を現したのだろう、歩きはじめてすぐに、細かな虫が空中を何匹も漂っているのが目についた。坂道の入り口付近には西陽が掛かって、脇に並び立つ木々はそれぞれに陽を受けて幹のところどころを明るませて、重なった樹皮の段を露わに見せている。そのなかに一本、位置の関係で陽を受けずに蔭に収まって、上から下まで黒いのっぺらぼうと化しているものもあった。木の間から覗く空は、雲も形を乱して浮いてはいるが薄水色に澄んで、木々を前にして蔭のなかにいると明暗の対比で殊更にその明るさが透き通っていた。前景に迫る樹幹と果ての空との対照的な絵図を見ながら、浮世絵の構図だなと一度思ったが、歩に応じてゆっくりと推移していく景色――木蔭の暗さと格子様に区切られて差し挟まれる青の澄明さと、中間的な媒介としてそれら明暗を繋ぐ西陽の斑――の、その流れるさまに、これだけでもうほとんど映画ではないかと思い直した。坂の途中で、図書館のカードを忘れたことに気づき、かといって殊更に焦るでもなく、むしろ歩く距離が増えたことを喜ぶような気持ちで、ゆっくりと来た道を戻った。右側の、先ほどの木の間とは逆側の林の、より密になった木々の向こうに西陽が輝いており、緑の網目に絡め取られたようになっていた。左手を見れば、家々が暖色をまぶされていて、坂の入り口の陽射しのなかにやはり虫が群れて湧いていた。家に帰って、カードをコートのポケットに入れると再出発した。ストールを巻いていたが、その裏の首の肌が既に汗ばんでいるほどの陽気で、外してしまっても何の不都合もないくらいだった。街道を行っていると飛行機が、突如として前方の空に現れ、斜めに切りこむように入ってきて視界を横切り、右手の――南の――空へと抜けていった。音はやはり、機体よりも遅れてその後ろから、撓みながら降ってきて、飛行機の姿は結構大きかったが、それでも距離が窺えた。明るくはあるが、雲もそれなりに空を埋めていて、裏道から見える森の裸木の連なりも雲と接しており、そうすると陽を受けていても、やや濁ったような妙な色に映った。横断歩道のある坂道では、先日も見かけたミラーによる楕円形の日向が、この日は前よりも時間がやや遅くて大きくなっており、道からはみ出すほどだった。

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 線路の上に張られた電線の、縦に二列並んであいだの距離を少しずつ変えながら伸びてゆくその合間を繋ぐように所々に置かれた、名も用途も知らないが何らかの金具らしい物体が、暮れに向かう陽の放射を受けて甘いようなオレンジ色を凝縮され、輝いている――脇に立った背の低い裸木の、もつれるように縦横に広がった枝の重なりも、普段は色味を落として不健康な血管の浮きあがりのようになっているが、この時ばかりは赤っぽく、血の通ったようだった。光っていた金具から伸ばした横線のちょうどその途上あたりまで来るともうその器具は輝きを失ってしまうが、その代わりに少し先のものがまた同じように朱色の熱を帯びるのだった。林の樹冠には、陰日向の境界線が既に引かれている五時前である。下校中の高校生たちが連れ立ってすれ違って行く裏通りは家々に挟まれた合間にまで届く高さも陽にはなくて薄青く、少々冷え冷えとしてきていた。十字路――先に薄日向の楕円形が描かれていたところだが――まで来ると、視界が横にひらいて、丘の上に千切れた雲が横面を茜色にしているのが見えた。どこからか、子どもたちの賑やかに叫びながら遊ぶ声が重なって渡って来る。歩きながら、ひどく自由で、何ものからも解放されているような感じがした。ニコラ・ブーヴィエのことを思いだした――彼が『世界の使い方』の端々に描きだしていた時間のことを。例えば次のようなものだ。

 エルズルムから東へ向かう道は車がめったに走っていない。村と村との距離もかなりあった。何かと理由をつけ、車を止めて外で夜明けを待つことがあるかもしれない。厚いフェルトの上着にくるまり、耳まで覆う毛皮の帽子をかぶって暖かくしながら、車輪を風よけにして焜炉の湯が煮たつ音を耳にし、夜空の星々を見つめ、カフカス山脈の方角へ向かっていく大地のゆるやかな動きや、闇に光る狐の目を感じる。熱い紅茶とわずかな言葉、煙草とともに時間が過ぎ、そして夜明けが訪れて光が広がり、輝きの中にウズラとヤマウズラがさえずる……。記憶に埋もれた死体のように、この至高の瞬間を早く流し去ろうとするが、いつの日か、記憶の底に沈んだものを探しに行くことになるのだろう。伸びをし、身体の重みが消えるのを感じながら足を少し動かす。自分の身に起きたことを言い表すには、「幸福」という言葉はあまりにも粗末で風変わりに思えた。
 つまるところ、人生の骨組となるのは家族でも経歴でもなく、他人が口にしたり思いうかべたりするものでもなく、いまここで感じているような、たまにしか訪れない瞬間、愛情よりも穏やかな浮遊感に支えられた瞬間だ。それこそ自分の心の弱さに応じてわずかにしか手に入れることができないが、人生そのものがこの瞬間を僕らに与えてくれるのだ。
 (ニコラ・ブーヴィエ/山田浩之訳『世界の使い方』英治出版、二〇一一年 、151~152)

 無為のなかの充実と、思いついた表現は陳腐なものであり、またおそらくは老荘思想禅宗めいてもいるのだろうが、そのようにでも言うべきだろう。実際、何をしていると言ってまさしくほとんど何もしておらず、ただ歩き、周囲の物音や、泡のような知覚のざわめきを拾っているだけだった――あらゆる目的性や未来(ということはつまり、いまここにないもの)への思慮の消え去った、ほとんど純粋な現在の持続? 身体には重みがあって、力が抜け、鞄を持った右手が垂れ下がり、脚も一部しか動いていないような感じで、歩調はよろめくような風があった。過去にもこのような時間を体験したことは何度かある。その時には、感興がより強く、あるいは鮮やかで、瞬間の訪れを感知するやその芽生えが、感傷へと一直線に、堪え性もなく無抵抗に直結することが多かったように思うが、いまは恍惚は低く留まって、胸のかゆくなるような感じが持続していた――まさしく、「愛情よりも穏やかな浮遊感」、そのなかでは、自分の足音の裏からさえ、音楽が聞こえてくるような感じがした。いつもこんな気分でいられたら良いのだが、と願わぬことを思った。こうした時折りの純粋な充足があれば、自分は読みも書きもせずに生きて行けるのかもしれないとも思ったが、それを、幸福なのかもしれない、と言い換えるのは、ニコラ・ブーヴィエも言うように、そぐわないような感じがした――それに実際は、体験の渦中にいる時から刻一刻と感じるものを頭のなかで言葉に変換し続けて――書き続けて――おり、帰宅したあとにも、翌日に記す時のことを考えてすぐにメモをしたためたわけで、やはり書かないわけにも行かないのだ。広めの空き地の横に差し掛かると、また空がよく見えるようになった。女子高生が二人、どうでも良いような雑談をしながらすれ違って行く向こうに視線を放つと、雲は行ってしまったらしく、往路に見えた灰色はなく、茜色と純白とが西空で重なりあっている。歩を進めながらも目をつぶりたくなるようで、そしてそのまま眠ってしまいたいような感じだった。ジョギングをする若者たちが傍らを過ぎて行くだけで、それが一つの景色として、あらゆるものが風景として目に映るような――とそう言っては大袈裟に過ぎるのかもしれないが、しかし、周囲のどんなものも自分と関係せず、あるいはそれとのあいだに距離が挟まれ、一歩引いて浮かびあがった位置から鑑賞するような位相にいる風にも思われた。裏通りから曲がって表のほうを向く頃には、もうだいぶ暮れが進んで、中学校の校舎の上で雲はやや濁ったような赤みを帯びていた。街道へ出ると、西の山の稜線上に捏ねて作った彫刻のような雲が一つ乗って、輪郭を綺麗に囲んで橙色を点けられていた。再度裏に入る時にはあたりの薄青さが濃くなっていた。三叉路の角に行商の八百屋が来ており、野菜を売りながら近所の婦人らと立ち話をしていた――そこを通り過ぎたところで、自分の胸を探って、ああ、終わったようだなというのが自然にわかった。先ほどから感じていた恩寵めいた時のことだが、それは目的地である自宅が近くなってその存在――すなわち、歩みによって区切られた時間の終わり――を意識したためかもしれないし、また、先の路肩の雑談のなかに、挨拶はしなかったが、こちらのことを多少なりとも知っている婦人がいたことが原因だったのかもしれない――なぜなら、こうした時間は絶対に、他人との関わりを意識する必要のない、自分がまったくのひとりとしている状態でないと起こらず、続かないからだ。下り坂の入り口から見えた空には、山の上に掛けて、鳥の羽ばたくのをコマ送りにしたような雲の乱雑な繋がりが浮かんでおり、一方の端で紫から始まったものが、青へと階調を移して行き、反対の端はそのまま、洋菓子の上に垂らされるソースのような同じ青さに染まった市街の上空へと繋がり、溶けこんでいた。

2017/1/27, Fri.

 往路、大層春めいて清朗な日だった。風に固さ冷たさはなく、肌の上をさらさらと流れて行くばかりで、心身がほぐれるような穏和さである。歩調も柔らかになり、身体の力が抜けるようで、裏通りを行きながら頭上を見上げると、丸いような青のひらいたなかに小さな航空機らしい白がひとひら点じられていて、機体というよりは紙の切れ端のようで緩く浮かんでいるのが音もなく静かだった。視線を吸いこむ空は実に明るく、見ていると、空が視線を吸いこむというよりは、こちらが視線を伝って逆流してくるその淡青を身体に取りこむかのようで、見ているというよりは、飲んでいるような感じがするほどの爽やかさであった。そんななかをこれから待ち受ける労働の存在も問題にならないような自由な気分に浸されて、呆けたようになりながら行っていると、「痴呆のような幸福だ」と、梶井基次郎が何かの小篇でやはり冬の明るさに満ちた道行きのことを書いていたのが思いだされて、それはこんな日和のこんな解放でもあろうかと思われた。

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 帰路。行きと同じ裏通りを戻っていると、倉庫めいた建物の脇にくすんだような茶色のものが落ちていて、布か何かかと思いながら近づくと、猫である。住宅街のなかに一軒、小寂れた、普通の家と変わりないようなスナックがある場所なのだが、その脇の駐車場に停まった車の下にいつも、そこが自分の居場所だとばかりに入って占領しているのを見かける。毛並みの乱れてうらぶれたような風情の野良猫だが、誰かが世話をしているのか、この時は下水道に通じるらしい小さな蓋の上に餌が撒いてあって、背を丸めて顔を見せずにそれをむしゃむしゃとやっていたのが、動物というよりは物体のように見えたのだった。傍らに立ち止まって口笛を一つ鳴らすと、猫は顔をこちらに向けたが、また食事に戻ったので、それ以上こだわらず、先を進んだ。

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 田舎町で、街道は午後一〇時にもなれば、昼よりよほど車の通りは間遠になるのだが、それでも、現れてこちらの横を過ぎて行った姿が道の先に見えなくなって、尾を引いて流れて行く走行音も細って消えようという頃合いに、それを絶やすまいと繋ぐようにして、丁度良いタイミングでまた新たな走行車の響きが前後のどちらかから忍び入って来る。信号や街灯の光を受けて黙りこくった左右の家々の壁がそれを反射させて、遠くまで届くタイヤの擦過と風切りの音が去って行ってはまた繋がれるわけだが、時折りにそれが途切れる時間があっても――それをこちらは秘かに待ち望んでいるわけだが――靴の音のなかに、小さいが確かに反響があって輪郭線が厚みを持ち、鼻から出入りする空気の音も聞こえるその静寂はいかにも短く、またすぐに遠くから線状の響きが伸び寄ってくるのが、惜しい。

2017/1/26, Thu.

 往路、日向のなかを歩きはじめてすぐに、道の傍らから葉に触れる乾いた音が立って、それは林に接した石壁の上の縁、枝から落ちた葉が溜まっているところで鳥が戯れているのだ。近づくと枝に移った姿を見れば、随分と長い尾羽を上下に、柔らかく、鳥というよりはほかの動物種のそれのように細かく震えさせていたが、じきに飛んで行った。

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 街道に出ると、飛行機が頭上高くを渡っていて、車の通りがいっとき絶えると、その唸りが、走行音の消えて風通しの良くなった空間へと伝わってくる。轟々と、まるごと水と化した空をかき混ぜるような鈍い低音で、飛行機の機体にはやや遅れて、その後ろの青空から立って降ってくるようだった。

2017/1/25, Wed.

 洗濯物を取りこもうとベランダに続くガラス戸の前に立つと、部屋の内にいる時点で既に光線が抜けてきて目に眩しく、また大層温かい。戸をひらいて境の付近に留まりながら、吊るされたものを引き寄せているあいだも温もりは同じだが、外に踏みだしてひらいた大気のなかに入ると、さすがに肌の上を流れていくものがそれなりに冷たかった。陽はだいぶ高くなったようで、林の樹冠とのあいだを純白に埋めてひらきがあった。

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 往路。裏道を進む途中に、左右に(それは南北の方向であるが)走る坂道が挟まっている。横断歩道を渡りはじめると、向かいの、ふたたび続く細道の角に置かれた南西向きのミラーに、四時前でもまだ陽が映りこむほどに日は長くなって、下り行く落日が空いっぱいにひらいているのが上端のほうに反映している。それで渡りながら足もとを見下ろすと、斜めに傾いだ坂道の上に楕円形が投影されているのを、過ぎて道に入っても振り向き目をやった。鏡の縁が本体よりも強く光を弾くのだろう、円周は光の色が強く、凝縮されており、間延びした卵のような形に路上を区切って、そのなかはアスファルトの色味を乱すほどではないが、それでも薄衣めいて気体として立ちそうなほどに稀薄な光が被せられていた。

2017/1/24, Tue.

 七時過ぎに覚めた時、カーテンを引いた窓を向くと、薄い一色の青空のなか一箇所だけかすかに、爪を押しつけたような痕が刻まれているのを見た。端まで空に浸食されてひどく細く孤を描いている、去り際の月である。陽は室内に向けて照射されていて、ガラスの向こうの至近に掛かった朝顔の蔓が、明るい黄赤に熱されて木彫り細工のように無骨な質感に映った。

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 街道を見通せば東の空には紫の薄帯が引かれて煙り、千切れ雲が周囲に浮かんでいる。頭上から帯の上までは暮れ方の淡青が広くひらいて、帯を挟んで下側はまた青だが、それが上のものよりも色味が厚く締まっていて、目に緑の感も仄めくようなのが不思議に思われた。葉書をポストに入れて、細道から裏に入ろうと曲がって西空に目をやれば、山際は白く褪せており、裏側から残光に当たられた雲が強く象られて際立ち染みとなっている。

2017/1/23, Mon.

 アイロン掛けをするために台を卓上に置いて器具のスイッチを入れ、アイロンの表面が熱されるのを待っているあいだに、ソファにもたれて空を眺めた。青みもないではなく、明るめの空気ではあるが、雲が結構覆っていて、かき混ぜられて粘りのあるような風合いである。

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 帰路、寒さに耳が痛む。ざらざら、と言うよりはぎざぎざとした質感に、耳が触れられているのではなく、耳そのものが凍って欠けてその形になったかのような感触である。帰り着いて室内の温暖な空気のなかに入ると、外にいた時よりもかえってじりじりと灼くような刺激が強まった。

2017/1/22, Sun.

 新聞に落としていた目を上げて窓のほうを見やると、景色が随分と稀薄化しているように見えた。川を越えた対岸にあるものらが、木々であれ町並みであれ山であれ正午前の太陽のもたらした明るい霞のなかに籠められていた。川沿い――と言って川面それ自体は低みに隠れて見えないのだが――に聳える薄緑の木立の一本一本の境もあまり露わならず、その向こうで何が光っているのか、茂みを通して点々と埋めこまれた煌めきがある。眺めているあいだに、目が馴れてきたのか、木々や町並みの像はいくらかはっきりとしてきたようだったが、それらの向こうの山は相変わらず膜を貼られており、光によって張りだした部分は均され、引っこんだ部分は補完されて、窪み盛り上がりによる起伏は遠近感を伴った日向日蔭の差異として視認されるのではなく、麓の爽やかな淡緑も含めただ同一平面上に散らばる色調の違いとしてのみ現れていた。

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 坂道を上って行くと、右手の斜面の茂みから飛びだして、空中に軌跡を波打たせながら道を渡ったものがあって、追えば反対側の茂みのなかに止まったのは青と褐色で彩られた鳥である。その色が精妙らしく見えて近づこうと思ったのも束の間、斜面の表面にやや露出した古ぼけた竹の柵の残骸のようなものの上に止まっていたのが、草の内のほうに入ってしまって見えなくなった。それから数歩進むと今度は、右の斜面下から伸びた一本の高い木の途中に、つかまっている人間がいる。七〇くらいか、結構な歳と見える老人で、枝を間引いているらしく、周りには断たれた枝の根元だけ残って瘤のようになった痕がいくつもあり、老人はそこに腰から出たバンド様のものを引っ掛けて身を支えているらしい。見るからに危険そうだが、随分な身軽さで、巨大な蟬のようなと物珍しさに無遠慮に見上げていると、相手も見下ろしてきたが、特に何か言われることはなかった。過ぎざまに、下の道から近所の家の人らしい、こちらも年嵩と聞こえる女性の声が聞こえて、もう終わるかとか、気をつけてとか何とか掛けていた。最後に一度振り向き見てから坂の出口に掛かったところで、またもや左手の短草の生えた小さな斜面から、がさがさと音が立ったのでそちらを向けば、今度は冬気に褪せた草のなかに、鮮やかな薄抹茶色の小鳥の背が覗いており、周囲と比べて一際浮かぶその色の明るさに目を惹かれた。二匹連れ立っていた。凝視しようとしたところでやはりまた各々飛んで、草々の向こうの見えないところへと逃げられたのだが、まさしく抹茶の粉を振ったような色合いが目に残っていたので、帰ったあとに調べてみようと考え、先を進んだ。太陽は出ているが、空を切る風はなかなかに固く、街道に出たところでクラッチバッグを抱えていた右手を握ってみると、水で洗ったあとのように冷たかった。それで、コートのポケットに両手とも入れて、鞄は脇に挟んで歩道を進む。まだ二時台で陽はそこそこの高度を保っており、こちらの行く道の北側にも日向が多い。表をそのまま行こうかと迷ったが、過ぎる車の音が実にやかましいなと嫌われて、裏に入った。そうすれば、靴裏のゴムが地に擦れる間の抜けた鳥の鳴き声のような音が、一歩ごとによく聞こえる静けさである。

               *

 電車内。外は光が満ちた晴日で、煌めきがそこここに灯りながら流れて行くのと、組んだ脚を包むジーンズの薄水色とを見て、いつかいまよりもずっと歳を取って老い、生の終末も近くなった頃に、こうした何でもないような、穏やかな明るさに浸った瞬間のことを思いだすこともあろうかと頭によぎるが、その思い巡りそのものが既に一種の老いの感覚なのかもしれない。床の上には窓を透けてきた陽が、平たく細くなって薄蜜柑色を宿しており、線路が斜めに折れて窓が陽射しを受ける角度も変わると、進むにつれてその四角形がこちらの足もとをじりじりと這って過ぎながら、厚みを取り戻して平行四辺形へと復帰していく。市役所周りの敷地にいくつも停まった車の列の上を輝きが膨らみながら、一つの屋根からまた一つの屋根へと移って行くのが、歩みの様子にも似ていた。

               *

 交差点。前を過ぎ去って行く車の窓ガラスに、沼に沈んだような色合いでもって、信号待ちに呆けたように立ち尽くしているこちらの、モスグリーンのコートを羽織りストールを巻いた像が、一瞬だけ映しだされて目に定かに留める猶予もないうちにまた掻き消える。

               *

 駅へ戻る。既に陽は下降の途を半ば以上辿ってあたりには蔭の色が強い。駅の手前にはビルが二つ、通りを挟んで立っており、大方日蔭に浸されて寒々しいが、二つの角の縦線に切り取られた道の出口の宙空は、西陽の色を絡められて、左側のビルの側面にも射しこむものがある。淡い青緑色のガラスに、明るみのなかに包まれて歩む人を乗せている駅前歩廊の様子が反映し、緑の色味はほとんど失われて、窓を縦長の細い長方形の連なりに区切っている縦横の枠が橙に発光しているのだが、明暗の境は劃然と分かたれており、そこを越えてこちら側は普段通りの色調にいかにも静まっていた。向かいの通りを歩きながらそちらを眺めていると、出口に近づくにつれて、西陽の分身もガラスに反射して、映りこみはじめた。

               *

 歩廊に出ると、西南の空の果てに朱色に凝った塊が浮かんでいて、瞳を灼かれるのを怖れてそちらに視線を振ることができず、瞼の隙間を細めて正面を見ていると、金属線のような熱色の切れ端がきれぎれに空中に漂っている。駅舎のほうへ進むうちにまもなく、眩しさの圧がふっと引いて、太陽が山の向こうに落ちたのかと見れば、塊が随分と小さく、稜線のあたりに収束するように縮んでいた。山際に沿っては撹拌された卵白のような雲が塗られていて、そこに差し掛かったらしい。

2017/1/21, Sat.

 この朝は長寝のために瞑想をしなかったので、書き物の前にと枕に尻を載せた。翌日に記すだろうこの日の日記のために、生活のうちで幾許かの印象を落としたものを思い返して辿っていたのだが、そのうちに、胡座のあいだで緩く組み合わせた両手に意識が行った。また思考に立ち返ったり、身体のほかの部分や、周囲の物音に感覚を寄せながらも、何度か繰り返し手に戻っているうちに、静止させた手の感触が稀薄になってきた。腕の先が消えているようでもあり、あるいは実際とは逆にねじれているかのようでもあるような感じが続いていたのだが、その無感覚の範囲が腕を伝って登るように段々と広がってきて、それにつれて視界も白っぽく染められる領域が増えていた。精神が別の段階に入ろうとしているのが見て取られて、それにいくらかの不安を感じていたのだが、そうして、腕だけが幽霊のそれのようになって、肘のあたりまでこちらの感覚上は消えた頃合いになると、動悸が苦しげに早まっており、不安も強まっていた――一種、パニック障害の時期の発作が、その頃よりも程度は随分と弱いが戻ってきたような風でもあって、ひどく久しぶりにああした感覚を味わったものだ。意識が高いほうへと引っ張られるような瞬間もあって、それでもしばらくその状態に留まっていると、身体がやけに軽いようになってきた。その先を超えれば、いわく言い難い幸福感だとか、何か精妙な幻覚だとか――多田智満子がLSD服用実験のなかで目撃した幻想の薔薇のような?――が生まれ出る域へと到達できるのかもしれないが、切迫を受け流し、どうするかと考えて心臓の鼓動を見つめながらも、しかしやはり、怖いものは怖いので、そのあたりで取りやめと決めて、姿勢の固定を解いて、両の手のひらを擦り合わせ、胸のあたりをぱんぱんと叩いてから目をひらいた。立ちあがり、ベッドから下りて椅子に就いても、身体の軽さは続いていて、疲れが洗われて落ちたようでもあったが、しかし同時に、肉の充実でもってしっかりと空間に嵌まっているのではなく、稀薄に溶けかけたような感覚が実に寄る辺ない感じもして、動悸の速度もまだ高まったままだった。

2017/1/20, Fri.

 出勤の支度を済ませて上がって行き、本当に雪が降るのだろうかと居間の南窓から外を見やれば、雪というよりはほとんど微雨に近いようなものだったが、確かに落ちるものがあって、既に降っていると洩らせば炬燵に入っていた母親が引かれて顔を上げた。靴を履くと傘用の棚をひらいて一本、黒いものを持って玄関の扉をくぐったが、すぐに差す必要はなく、いまにも消え入りそうな降りで塩の欠片のような粒が舞ってくるに過ぎなかった。空気は寒かった――と言って、怯むほどではなく、新聞の予報によれば最高気温が五度と言い、前日の半分くらいになったようだが、それでもこのくらいならば怖れていたほどのものでもなく、充分に耐えられると思われるくらいだった。とは言え歩きはじめのうちはやはり、コートの内側に温もりが溜まっても、なかなかそれが広がらずに身体がなかのほうから細かく震えるのを感じながら坂を上って行った。頭上の電線に、何という名なのか一向に知らないが、顔のすぐ下から丸々と胴を太らせて愛らしいような鳥が止まっていて、寒々しく白い空を背景にそれがシルエットとなっているのを見上げながら過ぎ、今度は右側のガードレールの向こう、一段下から生えた木のほうに目を振ると、いましがた見たのと同じ種かどうかわからないが、短く鳴き交わしながら小鳥が何匹か、枝から枝に移って行くその動きの、やはり空を向こうにして黒く貼られた木枝と一緒に影と化して滑らかに宙を渡るのが、何だかパズルが組み替えられているようで、木の一部として構造化されたかのように機械じみていた。風は前日のように固く肌に擦れると言うよりは、そうした摩擦の感覚も確かにあるが、加えてさらに一段進んで、顔に正面から当たって来るとそのまま細胞に染み入って、震えを誘発させるような、と思われた。裏通りに入ったあたりで、降りの間がやや縮まったように見えたから傘をひらいた。すると、耳元に、ちりちりと鳴りが聞こえる。それは足音のなかに紛れるように幽くあって、足もとの細かな砂を靴の踏みにじる響きかとも思ったのだが、ちょっと停まってみると確かに頭上を囲む傘から鳴っているので、粉雪の粒子が布の表面と触れ合い、転がる音に違いなかった。進むうちに段々と、耳が気温の低さに負けて、顔の横から滲むのが歯痛のようでもある刺激がじりじり始まったが、むしろそれほどひどくならないのは、出る前に耳をよく揉んでおいた恩恵と見えた。傘の柄を持つために露出する手の肌もひりついたが、左手に一度持ち替えてもう一方をしばらくポケットのなかで休め、ふたたび右に戻したあとは、耐える心を決めて右手を動かさなかった。

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 夜道の途中で、猫が通りを横切る影を、少し先に見かけた。建てられてまだ比較的年数の短い、駐車場を家の前に設けた敷地に土の露出するところがなく、いかにも新興住宅といった感のあるこじんまりとした家の数件集まったあたりから出てきて、垣根に囲まれたうちは草も生えて昔からそこにあるだろう民家のほうへと入っていったのだが、その前に来たところで、口笛を短く鳴らしてみると、暗闇に包まれた垣根の向こうからみゃあみゃあと、両唇鼻音の要素の強い声が聞こえた。こちらに応えると言うよりは、ほかの誰かに呼びかけるような、何か探しているかのような鳴き方だった。過ぎてしばらく行くと、後ろから同じ声が聞こえて、振り向けばまた影が道の上を通って自動車整備工のあたりに消えるのを見た。戻ってみようかと思ったが、自転車のライトがその向こうから来るのに気を失くして、また帰途に復帰した。この日の行きだったか前日のことだったか、先の垣根の民家のあたりで明るい褐色の姿を見かけたので、その同じ猫だったかもしれないが、この時思ったのは二年ほど前によく行き会って戯れていた白猫のことだった。ある時からとんと消えたので死んだかと思っていたのがまた見えたのかと疑ったが、しかしあの猫はあんな風に、甘えるように鳴き声を立てはしなかったし、首輪についていたはずの鈴の音も聞こえなかった、と考えながら息の濁って膨らむ道を行った。