2020-03-01から1ヶ月間の記事一覧

2020/3/31, Tue.

花の散りかかる桜の樹の、その木末に白い影の差すのを、あれは何かと眺めるうちに、雲間から薄い月が掛かった。満月のようだった。月に散る花はこの世のものならで、と古人の詠んだような感慨が、老年の身だからありそうなものを、その夜もまた更けるにつれ…

2020/3/30, Mon.

戦争中、ナチの占領者にひどく苦しめられたポーランド人とチェコ人は、一九四五年に敗北し無力となったドイツ人に寛大さや気前の良さを見せる気にはなれなかった。ナチ政権が東欧の人々に示した残酷さと暴力が、今度は旧「支配者民族」への扱いに反映された…

2020/3/29, Sun.

戦争の最後の数ヵ月は、ナチ・ドイツにとって、間違いなくもっとも多くの血が流された期間だった。一九四五年一月だけで、四五万以上のドイツ兵が命を落としている(イギリスやアメリカの大戦全体での戦死者数よりかなり多い)。二月、三月、四月のドイツ軍…

2020/3/28, Sat.

ナチ政権は敗北という現実を受け入れず、正反対の行動に出た。現実を直視するという選択肢は、クラウス・フォン・シュタウフェンベルクによるヒトラー暗殺が未遂に終わったことで失われた。彼は一九四四年七月二〇日に東プロイセンのラステンブルクにある独…

2020/3/27, Fri.

戦争全般を議論できる場がなかったという事実は、ナチ国家の特徴を反映している。ナチ国家では、組織が淘汰され極端な独裁が行われたことにより、方針の調整は図られていなかった。もっと正確に言えば、戦略を立てられなかったこと、そして戦争の最後の数年…

2020/3/26, Thu.

前線に話を戻すと、大きな軍事的岐路は、ヴォルガ川沿いに一九キロに広がるスターリングラードにあった。スターリングラードでは、八月末および九月にドイツ軍が攻撃を開始してから、一一月二三日にドイツ軍が包囲され、一九四三年一月三一日に最終的にフリ…

2020/3/25, Wed.

それでも、「戦争行為の野蛮化」がもっとも極端に現れたのは、東方の絶滅大戦争においてだった。そうなったのには多くの要因が結びついている。第一に、国防軍は大々的に殺人を認める犯罪的な命令を受けて戦闘に送られた。そこに東欧人は原始的で危険だとい…

2020/3/24, Tue.

「よき血の社会主義」という未来像には、数百万人の強制移住だけでなく、殺害も含まれていた。ソ連侵攻の準備段階で立てられたこの計画は、戦争によるドイツの農産物生産高の減少や、国防軍が占領地域の食糧資源に依存する必要性を前提としており、無情にも…

2020/3/23, Mon.

一九四一年一一月にゲーリング(東方の経済政策全体の責任者)が説明したように、当分の間はドイツの戦争経済に早急に必要なものが優先されたが、長い目で見て、「新たな東部占領地域は、植民地という観点からすれば、そして植民地的な方法をもってすれば、…

2020/3/22, Sun.

バルバロッサ作戦の開始とともに、ドイツのユダヤ人政策は破滅的な方向へと向かった。ヨーロッパ・ユダヤ人の東方への大量移送は実現不可能だと判明したため、ナチ政権は広範な「民族浄化」活動に着手し、その結果、数百万のユダヤ人を絶滅収容所に送る大規…

2020/3/21, Sat.

ソ連に対する絶滅戦争でナチズムと戦争の共生関係は極限に達した。それはバルバロッサ作戦開始時から明白だったことである。保安警察とSDの移動殺戮部隊、つまり特別行動隊[アインザッツグルッペン]が軍事エリアの後方で活動することを国防軍から許されたか…

2020/3/20, Fri.

フランツ・ハルダーが日記の余白に記したように、ヒトラーはソ連攻撃が、「西方での戦闘とはまったく違った戦闘になる」と明言している。整復された住民は国際法の適用を受けることなく、容赦なく扱われることになった。数週間後、民間人に対する国防軍兵士…

2020/3/19, Thu.

のちの一九四一年六月六日に発せられることになる悪名高いコミッサール指令〔政治委員殺害命令〕を、ヒトラーは三月一七日の時点ではじめて言外にほのめかしている。軍の報告会で、スターリンのインテリゲンツィアを「絶滅させなければならない」と明言した…

2020/3/18, Wed.

ユーゴスラヴィアとギリシアを征服したことにより、ナチ帝国には複雑に入り混じった民族間の緊張と、さらにかなりの数のユダヤ人がもたらされた。ヨーロッパ最古のユダヤ人共同体もいくつか含まれ、その中心とも言うべきサロニカ〔ギリシア・テッサロニキ〕…

2020/3/17, Tue.

その一方で、もっとも重要な戦いはフランスとベルギーで繰り広げられた。一九一四年から一八年の四年間、ドイツ軍が塹壕で立ち往生した場所である。今回は状況がまったく違った。計画を何度も延期し変更を加えたのち、西方への侵攻は一九四〇年五月一〇日に…

2020/3/16, Mon.

ドイツの領土要求を通すべく数ヵ月にわたり外交圧力を高めたのち、一九三九年九月一日にナチ・ドイツは軍事行動を開始して驚くほどの成功を収め、数週間でポーランドを征服することになる。国防軍は三方向から攻撃を仕掛け、またたく間にポーランド軍を圧倒…

2020/3/15, Sun.

政権掌握六周年となる一九三九年一月三〇日にヒトラーは国会で演説し、恐ろしい予言を披露している。 もしヨーロッパ内外で国際的に活動するユダヤ人資本家が諸国を再び戦争に突入させることに成功しても、その結果起こるのは世界のボルシェヴィキ化でもユダ…

2020/3/14, Sat.

だがヒトラーはヴェルサイユ条約の単なる見直しを望んでいたわけではない。次の戦争はたんに一九一八年に失った領土を奪還するための戦いではなく、「イデオロギーの戦い、つまり、民族と人種の戦い」になるはずだった。ポーランドを攻撃する目的は、ダンツ…

2020/3/13, Fri.

ヒトラーが次にとった重要な外交政策の結果、「アウシュヴィッツへの歪んだ道」につながる大きな一歩が踏み出された。ミュンヘン会談に続くズデーテンラント奪取から数週間後に行われたポグロム、いわゆる「水晶の夜[クリスタルナハト]」である。これはヨー…

2020/3/12, Thu.

一九三八年三月一二日、オーストリア政府はドイツからの圧力に屈し、ナチのアルトゥール・ザイス=インクヴァルトを首相に任命することに同意したが、その後ドイツ軍はオーストリア国境を越え、一九一八年のハプスブルク帝国崩壊で誕生したオーストリア共和…

2020/3/11, Wed.

(……)ヒトラーは政府における地位を確立するや、差別的な方法でユダヤ人を狙い撃ちにした。一九三三年四月初めにユダヤ人の事業に対するボイコットを行ったのち、反ユダヤの法律によりユダヤ人の雇用を制限した。一九三三年四月七日には職業官吏再建法を成…

2020/3/10, Tue.

しかし、最近の研究で明らかになったように、ナチの警察は非常に効果を上げていたかもしれないが、大組織だったわけではない。ゲシュタポは「全知全能の偏在する」巨大組織であるどころか比較的小規模で、一般市民の協力に依存して任務を遂行していた。ドイ…

2020/3/9, Mon.

国内に対抗勢力がなく、国外での名声が高まり、再軍備も軌道に乗った一九三七年一一月五日、ヒトラーは自らの戦争計画を明確に示した。国防大臣フォン・ブロムベルク、陸軍最高司令官ヴェルナー・フライヘル・フォン・フリッチュ、海軍最高司令官エーリヒ・…

2020/3/8, Sun.

ナチが長期化する戦争を目論んだ根源には、ドイツ民族の「生存圏」を確保しようという、「国民の存続にかかわる歴史的な戦い」の構想があった。これは『わが闘争』でヒトラーががなりたてた大法螺でも、ナチが戦争をするための曖昧なメタファーでもなく、ナ…

2020/3/7, Sat.

戦争へと進むナチにとって、ラインラントの再軍備はどれほど重視してもしすぎることはない。ミヒャエル・ガイヤーが述べているように、「再軍備と作戦計画を次の段階に進められるかどうかは、すべてこの地にかかっていた」。これをもってナチ・ドイツの防衛…

2020/3/6, Fri.

(……)ナチの経済再生の目的は、奇跡をもたらすことでも個人の生活水準向上のためにドイツ人に職を与えることでもなかった。ナチの経済政策は、赤字財政によって経済成長と繁栄を促すケインズ主義の需要管理政策のたぐいではない。ナチ政権は消費需要を促す…

2020/3/5, Thu.

ヒトラーが政権を掌握した際、社会の関心は軍の状況ではなく経済状況に向けられていた。記録では六〇〇万人以上、実際はさらに多くの人間が無職で、ドイツはおそらく合衆国を除けば他のどの先進工業国よりも深刻な恐慌の影響を受けている。民主主義政府が弱…

2020/3/4, Wed.

プロパガンダに続いて法律が制定された。ポツダムでの式典の三日後、ヒトラーは圧倒的な議会の承認(反対票を投じたのは社会民主党だけだった)を得て議会政治を終焉へと導き、これにより民主主義は一掃された。三月二四日の全権委任法(正式名称は、国民お…

2020/3/3, Tue.

一九三三年一月三〇日に誕生したヒトラーを首相とする連立政府において、国民社会主義ドイツ労働者党(NSDAP)は少数派だった。ヒトラー自身を除けば、入閣したのはわずかふたりにすぎない。内務大臣ヴィルヘルム・フリックと、無任所大臣およびプロイセン内…

2020/3/2, Mon.

今、ドイツ人はどうすれば救われるか。どうすれば失業を逃れられるか。私は一四年間言い続けてきたが、何度でも繰り返し言おう。経済計画や産業への信用供与や国庫補助金はすべてナンセンスだ。失業から逃れられる方法はふたつしかない。ひとつ目はどんな価…